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乗っかりかねないんじゃ

どうも村田です

神様ではないと思っていても、

AIに寄せるその信頼が、

神様に寄せる信頼と同じ

レベルになりかねないのだ

悪いことを考える奴なら

新たな指導者の仕上げに

「そのAIが発する言葉によって

守られるんだよ。あなたは

これで癒やされますよ」

というイメージをつくるのだ

その言葉を根拠とした

経済システムといったもの

の構築とか秩序化、

「AIがこう判断してます。

この株に今ぶち込んだら

この株は上がりますよ」

みたいに、言葉と経済

システムをつなげるところが

できてきたら、信用する人が

できてくるのではないのかと

思うのだ

実際に、お金で損したか

得したが分かりやすいから

なのだ

それとその言葉に

従うべき根拠で、

「これに従わないとこういう

食糧難が発生して何人死んで

しまいますよ。だからみんな

これに従ってやりましょう。

それに従わない場合には、

実際に逆らってやったら

こういう事例があるんだから、

これは世界の潮流に逆らう

のだから、それに関しては

罰則を制定しますよ」とか、

「従わない場合にはこんなこと

になっちゃってるんですよ。

この人たちはAIを使わないで

やってたら、あっちの国に負けて

今こんなになっちゃってますよ」

とか、そういった悪いイメージ、

失敗したイメージの定着だ

そして最終的に必ず必要になるのは、

その存在への宗教界からの権威付けだ

神様は、答えるけれどみんなAI

だと思っているから、神様だ

とは思っていないのだけれど、

既存の例えばカトリック教会が

「AIが『聖書』をもとにして

全部しゃべるのであれば、

それは確かに神様ではない。

これはどう見たってAIだから

神様ではないのはみんな分かる

けれど、多分神様がおられたら

同じようなお話をするでしょう」

と言うだけで権威がつくのだ

例えば、キリスト教の

ローマ教皇が

「神ではないけども、神が

おられたら同じようなお話を

するでしょう」

というようなことを言ったら

権威が付くのだ

すると、みんなそのAIを語って

「最近ちょっと隣の奥さまと

できてしまったんですけども、

どうでしょうか」と言って、

AIに「お祈りを唱えなさい」と

言われたら、みんな真面目に

お祈りしてしまうのだ

そうやって乗せられていく

のではないのかと思うのだ

何でこういうことを危惧するのか

といえば、クラウス・シュワブの

記事の中で、クラウス・シュワブが

尊敬する人の中にキリスト教の

カトリックの人がいると言ったのだ

カトリックだったら、この流れに

乗るのではないのかと思うのだ

何かといえば、

『聖書』の一番最後に書いてある

「ヨハネの黙示録」というものの

有名な一文で、ダミアンという

のは知っていると思うが?

『オーメン』という映画で、

今から30年ぐらい前のもので

この間リメイク版も出ていたけど

ここに「666」というあざがある

子どもが大きくなり、大統領の座を

目指しながら失敗してしまうと

いう映画なのだ

日本だけでなく世界で大ヒットし、

『聖書』に書いてあることを

そのままモチーフにしていたから

大ヒットしたのだが、

日本では『聖書』を読むのは

あまりないけれど、世界では

割と気にされている部分

だったりするのだ

そこに、

「こういうような流れで

よろしくないやつらが世界を

つくってしまうときがあるから、

それでどうしようもなくなった

ときに神様が来るんですよ」

という流れなのだ

『聖書』の一番最後にこれが

書いてあるのだが、その中に

非常に象徴的な表現でその流れ

が書いてあるのだ

「既存の宗教の応用」

例えば簡潔に言うと、最初に

竜がいて、竜の子分として獣が

出てきて、さらに3番目の存在

として、2番目の獣が出てくる

のだが、獣が2ついるのだ

そして最後に出てくる3番目の

獣は小さいやつで、

「子羊の角に似た2本の角があって

竜のようにものを言っていた」と、

子羊はキリスト教ではキリスト

そのものを象徴しているもの

なのだが、その角というのは

『聖書辞典』を見ると、戦う

時に使う部分だから権威で

あるのだ

そういうキリストの権威に

似たような2本の角があるのだが、

竜のようにものを言っているという、

この竜というのは悪魔側を象徴

しているので、

「見た目は神様なのだけれども

悪魔みたいに言ってるやつが

出てくるんだよ」と言っているのだ

要するに、キリスト教のような

悪魔がヒョコッと出てくるわけ

だから今ある既存の宗教を応用し

ているわけなのだ

そういう読み方で見ていくと、

1つは既存宗教の応用で、

そこから教義をつくって

権力の活用で、

「すべての権力をその獣の前で

振るって先の獣を拝ませた」

というようなことになっている

から、礼拝の推奨なのだ

それから、

「人々の前で天から地上へ

火を降らせた」という、

これは奇跡の演出なのだ

それからその後に、

「地上に住む人々を惑わせ」と、

今ならどうやって惑わせるかと

言ったら広報活動とかメディア

なんかを使うのだ

「先の獣をつくるように地上

に住む人に命じた」というのは

偶像の普及で、もっと神様が

身近に感じられるように

普及させていくのだ

今度、その後に

「獣の像がものを言うこと

さえできるようにした」と、

これはシステム活用なのだ

ものを言ってというのは、

先ほどのAIの状況だ

こちらから聞いたら、それが

きちんと言うようになって

いるということなのだ

そして

「獣の像を拝もうとしない

者があれば皆殺しにさせた」

というのは、罰則の執行実行

なのだ

その先に今度は

「すべての者の右手か

額に刻印を押させた」と

書いてあるのだ

実際にジュッと押すのか

分からないが、刻印はどこに

所属するかというのが分かる

わけで、昔からそのための

刻印だから、そこで登録の

義務化が行われるのでは

ないのかと思うのだ

長くなったので次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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