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ややこしいんじゃ

どうも村田です

神話のストーリー

から言っても、神様

の系譜から言っても、

実は男系は続いている

のだ

これは私が言っている

のではないのだ。

昔、私が言った時に

議論になったのだけれど、

小林よしのりという

漫画家がいたのだ。

今でもいるけれど、

その人が

「とんでもないカルト

学説を言い出した」

みたいなことを言って

いたのだけれど、

それは多分、彼が勉強

していないからそう

言っているだけであって、

日本で一番古く

残っている皇室系図が

あるのだ。

本当に古くは

『日本書紀』にも系図が

付いていたと言われている

のだけれど、

それが残っていないので、

それは中世、南北朝の

ころに作られた

『本朝皇胤紹運録

(ほんちょうこういん

じょううんろく)』

という系図があるのだけれど、

そこにはオシホミミノ尊の

ところに明確に

「スサノオノ尊第1子」

と書いてあるのだ。

最も古くて権威ある系図が

そういうふうに言っている

のだ。

これは別に勝手な解釈では

ないし、近代になってから、

伊勢神宮で神道の教えを

広めるために

神宮教院という場所ができる

のだけれど、そこで編さん

された書物の中にも、

明らかにオシホミミノ尊を

スサノオノ尊の子として

説明している文章という

ものがあるのだ。

それをみんなが知らないので、

そういうふうに誤解して

しまうのだ。

ちなみに、知らない人は

知らないかもしれない

けれど、

皇室の祖先の皇祖といえば

天照大神

(あまてらすおおみかみ)

だというふうにみんな解釈

しているのだ。

だから、例えば教育勅語の中に

「朕(ちん)惟フニ(おもうに)

我カ(わが)皇祖皇宗

(こうそ こうそう)

國ヲ(くにを)肇ムルコト

(はじむること)宏遠ニ

(こうえんに)德ヲ樹ツルコト

(たつること)」

というふうなことが出て

くるのだけれど、この

「我カ(わが)皇祖皇宗」

と言った時に、今の日本人は

「これは天照大神

(あまてらすおおみかみ)

のことだな」

と思うのだけれど、

実は教育勅語に出てくる

「德ヲ樹ツルコト(たつること)

深厚ナリ(しんこうなり)」

と言われた皇祖は

天照大神

あまてらすおおみかみ)

ではないのだ。

実は、これは神武天皇なのだ。

当時の言葉で言うと、天照大神

(あまてらすおおみかみ)は

天祖なのだ。

実は、天祖天照大神

(あまてらすおおみかみ)

というのが明治ぐらいまで

の言い方なのだが

そのことも今はあまり

知られていないのだ。

また、「皇祖」

という言葉を使った時には、

別に天照大神

(あまてらすおおみかみ)

だけではなくて、

いろいろな神様が含まれて

いるのだが、そのことも

多くの人たちは知らない

ということがあるのだ。

少し教育勅語のことだけ

言うと、教育勅語ができた

ころというのは、

実は、神道と国の距離が

一番離れていたと思うのだ。

それは、明治の初めに国を

まとめるために神道の教え

でまとめようとするのだ

けれど、

それが仏教と対立して

しまったり、教えや神様の

考え方が神道の中でも違うので、

それで内部争いが起きて

しまったりして、神道の教え、

神話の教えを統一的に解釈

して国をまとめていく

というのは非常に難しい

という体験を、明治前半期

に政府はするのだ。

そこで、教育勅語を作る時にも、

「道徳で国民をまとめて

いかなきゃいけない」

という話になったのだけれど、

それを依頼されて書いた人

が井上毅(こわし)という

人なのだ。

この人が実質的に憲法も

皇室典範も書いたのだけれど、

その人が当時の山縣有朋と

いう首相に、

要するに

「教育勅語の原典を書くと

すれば、敬天尊神という

言葉を使わないんです」

ということをはっきり

言っているのだ。

「1つの宗派を喜ばせて、

他の宗派を怒らせるような

ことはしないんです」

ということを言っていて、

「それでいいよ」

という許可を得て教育勅語

を書いているのだ。

だから、そこに「皇祖」

という言葉があったとして、

それが天照大神

(あまてらすおおみかみ)

を指すはずがないのだ。

その歴史を知っていれば

そう思うのだ。

しかし、みんなはそのこと

に気付かなかったのだ。

結局いろいろ調べてみると、

例えば教育勅語の解釈でも、

なぜ皇祖天照大神

(あまてらすおおみかみ)

というふうになって

しまったかというと、

少しややこしいのだけれど、

井上毅(こわし)という人

が教育勅語を書くのだけれど、

実はその解説書を書いたのは、

井上哲次郎という東大の

哲学の先生なのだ。

この井上哲次郎が書いた

原案には、皇祖の部分を

天照大神

(あまてらすおおみかみ)

と解説していたのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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