どうも村田です

なお、特攻隊を
讃えると、再び
特攻隊ができると
考えるのは浅慮です。
特攻隊の生みの親
である大西は、
その指揮官の責任の
取り方の模範をも
示しているからなのだ。
戦争終了後に自決する
覚悟をもてる指揮官が
そう簡単に現れて来る
とは思えないのだ。
その覚悟と実行の
せいでしょうか、
大西は
生き残りの特攻隊員
や遺族から恨みを買う
ことはなく
「大西長官は特攻隊員
の一人であり、奥さん
は遺族の一人ですよ」
というのが、
彼等の共通した認識
だったというのだ。
昭和21年3月、
13期飛行専修予備学生
出身者の慰霊際に参列
した大西夫人は、
終了間際に
「主人が御遺族の
ご子息ならびに皆さん
を戦争に導いたので
あります。
お詫びの言葉も
ございません。誠に
申し訳ありません」
と述べて土下座したのだ。
突然のことに呆然と
していた参列者の
一人が吾にかえって、
「大西中将個人の責任
ではありません。国を
救わんがための特攻隊
であったと存じます」
との声があがり、
「そうだそうだ!」
と同調する声が上がった
のだ。
夫人は彼等に支えられて
立ち上がると、ふかぶかと
一礼して、その場をあとに
したのだ。
これが、大西夫人の生涯
にわたる慰霊行脚の
第一歩だったそうなのだ。
次に「神道と武士道」
の解説に移るのだ。
本章の扉には次の
ように書かれている
のだ。
「「神風という現象は、
軍人の狂気にも、常軌を
逸した愛国心にも、
また北米のプロパガンダ
がしばしば描写する
ような
日本文化特有の残虐性
にも起因するものでは
ない。
特攻隊という特別
攻撃部隊の計画の精神
とその形態は、
神道と武士道という
体系が融合した仕組み
の連続性に位置づけられる」
日本文化特有の残虐性
はともかく、第1章で、
散々、軍人の狂気や
常軌を逸した愛国心を
印象づけられた読者から
すれば、いったい何を
言い出したのか、という
感じであろうが、
兎に角、話を聞いて
みるのだ
「神道」
が次のように説明
されているのだ。
「明治政府が成立する
時点においては、
ヨーロッパ諸国を
ある程度模範とした
体制が築かれる。
為政者たちは、
これらの国々の力の
一端が宗教に由来する
ものと理解し、
宗教は国家の結束に
不可欠であると結論
づけた。
こうして土着の信仰を
参照しつつ、新たなる
宗教として国家神道が
創設され、
その頂点に立つのが
「天子」、すなわち
天皇であり、
生ける神とされた。
この天皇に対しては、
犠牲に至るまでの服従が
求められたのである。
かくして、特攻という
現象はその名称に始まり、
神話に由来する構造に
位置づけられ、
国家神学に帰結する
ものなのである。仏教
もまた、次第に
「国家の守護者」
となる道をたどる。
かくして、
日本独自の仏教が
1938年に成立し、国家と
天皇および仏教を一体化
させたとされる。
日本においては、
あらゆる宗派や教団が、
皇威による植民地の
目標に喝采を送ったと
言って良い。
禅宗もまた例外ではなく、
自発的に軍国主義者の
側についた。というのも、
これは天皇という
聖なる神格の名のもとに
遂行される「聖戦」で
あったからである。」
この「国家神道」に
ついての認識の不正解さ
を十分に説明するには
時間が足りないのだ
それにしても、
仏教まで含めて
「国家神道」
を語るのは
むちゃくちゃだが、
昭和10年代における
仏教の戦争協力に
言及しているのは
適切だと思うのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

