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印象操作なんじゃ

どうも村田です

「どっちがどっちを

生んだんだ」と

いうようなことで

それで天照大神

(あまてらすおおみかみ)

「私のものから生まれた

んだから、それは私の子です」

というふうにして、

『日本書紀』は

「子養したまえ」

と書いてあるのだ

天照大神

(あまてらすおおみかみ)

が子として養ったと

いうことなのだ。

ひっくり返せば養子

なのだ。

「言葉の遊びなのか」

というふうに言われそう

なのだが、

実は南北朝のころにきて、

もっとも日本で古い権威ある

皇室系図が残っているのは

『本朝皇胤紹運録』

という系図なのだ。

その系図には、ここで

誓約(うけい)で生まれた

オシホミミノ命(みこと)を

「素戔嗚尊

(すさのおのみこと)第一子」

と明確に書いているのだ。

よく考えると、神話を

人間の血筋として例える

というのはどうかと思う

けれども、

もし例えたとしても、

スサノオノミコトと

天照大神

(あまてらすおおみかみ)

の間に生まれているわけ

だから、当然

スサノオノミコトの血筋を

継いでいるので、

神話に遡っても

「イザナギノミコト→

スサノオノミコト→

忍穗耳尊

(あめのおしほみみのみこと)

→ニニギノミコト」

という男系はきちんと繋がって

いるのだ。

かつて聞いた説では、

そもそも、生まれた神様

ではなくて、

そこにあった神様なので、

まだこの時は男系も女系も

ないというふうな説明を

聞いたことがあるのだ。

そういう考え方も成り立ち

しかし、どうしてもそれは

血筋として考えたい人たちが

いるので、

その人たちの論理に

乗っかったとしても、

夫婦から生まれている

のだから当然両方の血筋を

継いでいるわけだから、

男系の血筋も繋がっているし、

そもそも古代の最も古い

家系図では

「素戔嗚尊

(すさのおのみこと)第一子」

と明確に書いてあるのだから、

古代人はそう認識していた

ということなのだ。

天照大神

(あまてらすおおみかみ)

も実はイザナギノミコトの

子なので父系に属する女子

ということになるのだ。

だから、そういうこと

なのだ。

それから、よくこれが

出てくる議論で

「側室がもうなくなって

しまったのだから」

というものなのだ。

宮家が少なくなったと

言っているのだけれど、

これも印象操作で、

実際に調べてないのだ。

みんなが印象操作で納得して

しまうので、そういうことに

なっているのだけれど、

まず側室が置かれた理由

というのは男の子が十分

生まれているのに育ち

にくかったという事実が

あるわけなのだ。

天皇陛下の中には幼帝

といって、子供のころに

もう即位して、

大人になったら結婚する

前に皇位を退いてしまって

いる方がいらっしゃるので、

とりあえず北朝も入れて

結婚されていた天皇と

いうのは120人いらっしゃい

るのだ。

その中で、一番位の上の

奥さん、1人のみからでも、

168人の男の子が生まれて

いるわけなのだ。

皇后陛下が1人だったとしても、

168人が誕生しているという

ことなのだ。

これに、宮家が3つか4つ

あれば、掛ける4なのだ。

今の時代にそれで不可能

だろうか

どれだけ子供が育ち

にくかったかという例を、

近いところで言っても、

明治天皇のお子さんは

男子が5人いたのに、

成人されたのは大正天皇

お一人なのだ。

女性は10人いたのに、成人

されたのは4人なのだ。

お父さんの孝明天皇は、

男の子が2人のうち1人しか

成人されていないのだ。

女性は4人いたのに1人も

成人されていないのだ。

本当に、たくさん生まれて

いるのに、1人1人で

繋がっているのだ。

そのお父さんの仁孝天皇は

男子7人いたのに成人した

のは1人なのだ。

女子は8人いたのに、成人

したのは2人なのだ。

そのお父さんの光格天皇は、

男の子が10人いたのに成人

したのは1人なのだ。

想像を絶する幼児死亡率の

高さなのだ。

みんな、これを知らないで

言っているのだ。

だから、きちんと調べてほしい

と思うのだ。

少しだけ時代を遡っただけ

でも、例えば父親、両親

ぐらいの世代であれば、

兄弟が小さいうちに亡くなった

という話はいくらでもあった

ではないか。

今のようにみんなが大きく

なれるようになったのは

最近なのだ。

大正ぐらいまで女性の死亡

原因の最大は出産だったと

言われているのだ

出産、子育てというのは、

とても危険というか、

大変なことだったのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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