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本当の意味なんじゃ

どうも村田です

式年遷宮というと、

建物を20年に一度

造り替える

ということが注目される

のだけれど、実は

造り替えられている

のは建物だけではなく、

その中に収められている

いろいろな宝物類、

神様がお召しになる着物や、

お使いになる道具、神様が

楽しまれる宝物、そういう

ものも一切合切作られて

いるのだ。

あまり正確な数字では

ないけれど、3,000点くらい

だったかなと思うのだ。

間違っていたらすみませんが

とにかく、大きな数のものが

作り続けられているのだ。

これは、今で言えば

人間国宝みたいな方々が

ずっと作り続けられていて、

こういう技術が伝わって

いるのも、20年に一度、

式年遷宮が行われている

からなのだ。

伊勢神宮に来ると、

もちろん参拝されるのは

大事なのだけれど、

ぜひ見ていただきたい

のは2つの博物館なのだ。

1つは徴古館と言って、

そこには式年遷宮の後で

撤下されたご神宝類が

展示されているからそれを

見ることができるのだ。

それから、新しくできた

せんぐう館というところが

あるのだけれど、

それはまさに伊勢神宮の

撤去した建物そのものの

一部を展示していたり、

ものすごくたくさんの

工程を経て、ご神宝、

ご装束が作られている

姿を再現しているのだ。

1つのものができる時に、

木肌から始まって、それに

いろいろな上塗りをして

いく過程などが見られる

ようになっているのだ。

どのように木が削られて

いくとか、そういうことも

見られるので、

ぜひ見に行っていただき

たいなと思うのだ。

伊勢神宮は非常に日本文化

を象徴していると思っている

のだけれど、

それは何かというと、本当に

伝統と革新の調和なのだ。

建物の構造、フォルムは

確かに1,000年以上前のもの

なのだけれど、それを構成

している素材というのは、

どれだけ古くとも20年なのだ。

実は、技術は最新のことを

常にやっているのだ。

なぜなら、今も柱を建てる

時はクレーンでつっている

わけで、古代のままにやって

いるわけではないのだ。

そもそも、伊勢神宮の

つるつるした柱も、あれは

かんなという道具ができない

限りできなかったわけだから、

最新の技術というものを

常に取り入れながら最古の

形を守っているという、

これが伝統と革新の調和した

遷宮の姿だということも

言えるのだ。

それから木も、一度

使ったらおしまいではなくて、

太い柱は削って新しい鳥居に

したり、

地域の神社に渡して

活用されているのだ。

「遷宮があるからといって、

こんなにたくさんの木を

使うのはもったいない

じゃないか」

と言うかもしれないけれど、

逆に今のような状況で、

遷宮があるから、遷宮に使う

ための森が育てられているのだ。

これは、1つは明治天皇の

おぼしめしで、明治に入って

から

「材木が足りなくなる

んじゃないか」

ということがあって、

役人たちの中にも

「神宮の建て方を変えて、

礎石を置いたり、コンクリート

で固めれば長持ちするじゃ

ないか」

という意見もあったのだけれど、

それを明治天皇が却下されて、

「いや、それよりも

ちゃんと木を育てなさい」

ということで、

木曽の山の中に神宮林、

遷宮に備える林を設定

するわけなのだ。

それは戦後に名前が変わって

しまって、美しい林になって

いるけれど、

そういう形で遷宮という

ものは守られてきたのだ。

そこには技術の伝承があった

ということが1つ有力な説と

言われているのだ。

これは誰も言っていない

ことで、私の解釈なのだ。

式年遷宮で新しくなった

建物を見た瞬間に、その

神々しさというのは本当に

感動するのだ。

これはユングが言っている

ことなのだけれど、

「出現する瞬間が神なんだ」

という言い方をするのだ。

「そうだな」と思うのは、

例えば朝日を拝むではないか。

ご来光を拝むでしょう?

しかし、同じ太陽なのに、

登り切った太陽を拝まないのだ。

何をしているかというと、

光が差し始める瞬間という

ものをみんな神々しく感じる

わけではないか。

始まりの瞬間ということに

神秘を感じるというか、

ああいうことなのだ。

そういうふうに考えてみると、

式年遷宮とは何をしているか

というと、

そこに行けば少なくとも

一生に一度、いや、多ければ

3度も日本人は式年遷宮を

体験するのだ。

つまり、伊勢神宮が初めて

できた瞬間の感動や感覚と

いうものを古代人と共有して

いるのではないか、

そこが本当の意味での

遷宮なのだ。

何年かというサイクルよりも、

その時々の日本人が神宮が

初めて出現した瞬間に出会える、

それが式年遷宮では

ないかなと思うのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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