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生き生きと感じて欲しいんじゃ

どうも村田です

神代の物語の

クライマックスとも

言える、天孫降臨の

話なのだ。

スサノヲの命と

アマテラス大神との間に、

アメノオシホミミの命と

いう神さまがお生まれに

なったのだ。

その子どもがニニギの命。

このニニギの命が、

のちに天上界から地上

の世界に降臨されるのだ

(天孫降臨)。

アマテラス大神は

「そもそも地上界は、私の

息子のアメノオシホミミの命

が治めるべき地である」

と思っていたのだ。

まずは地上界の様子を

調べるため、アメノホヒの命を

地上界に降らせたのだ。

しかし、アメノホヒの命は

オホクニヌシの神に媚びへつらい、

連絡が途絶えてしまったのだ。

しかたなく、次に

アメノワカヒコを降らせるが、

アメノワカヒコもオホクニヌシ

の神の娘を妻にし、連絡が

途絶えてしまうのだ。

最後の切り札として

地上界に降りたのが、武の神

・タケミカヅチの神だったのだ。

タケミカヅチの神は、

オホクニヌシの神に

「国譲り」という厳しい

交渉に臨むのだ。

オホクニヌシの神は、

「息子に聞いて見なければ」

と応えるのだ。

息子の一人コトシロヌシの神は

すでに「国譲り」に同意したのだ。

しかし、もう一人の息子

タケミナカタの神は、強硬に

抵抗したが、タケミカヅチの神

は強く、タケミナカタの神は

信濃国まで逃走するのだ。

タケミカヅチの神は

タケミナカタの神を追いかけ、

殺そうとするが、

タケミナカタの神が許しを

請うと、すんなりそれを

受け入れるのだ。

タケミナカタの神は、いまも

諏訪神社の上社のご祭神として

鎮まっておられるのだ。

タケミカヅチの神は改めて、

オホクニヌシの神に

「あなたの二人の息子はもう

『国譲り』に同意した」

と伝えるのだ。

すると、オホクニヌシの神は

「それでは私も同意します。

ただし、私を大きな神社で

祭ってください」

と述べるのだ。

その約束はいまも守られ、

出雲国の出雲大社として

残っているのだ。

タケミカヅチの神は天上界に

帰って「地上界を『言向け和平』

したと報告するのだ。

「言向け和平す」とは

「説得して帰順させる」

ということなのだ。

これは、日本人にとって、

神代からいまも続いている

トラブル解決法なのだ。

アマテラス大神は、

オシホミミの命に地上界を

治めさせようとするが、

準備をしている間に

子どもが生まれるのだ。

それがニニギの命。

オシホミミの命は

「私ではなく、この子を

地上界に降ろしてください」

と言い、

アマテラス大神は

ニニギの命を地上界に

降ろされたのだ。

ニニギの命を地上界に

降ろす時、

アマテラス大神は3つの

大切なお言葉(三代神勅)

を授けたのだ。

「天壌無窮の神勅」

「神鏡奉斎の神勅」

「斎庭稲穂の神勅」。

それぞれ日本人の

「政治のあり方」

「信仰のあり方」

「経済のあり方」

を私たちに教えているのだ。

いまも神社で「大祓詞」

という祝詞の中で、

『古事記』の天孫降臨の

場面とよく似た一文が

唱えられるのだ。

日本人は「大祓詞」の奏上

によって、全国各地で毎日

のように「天孫降臨」を

振り返っているのだ。

「天孫降臨」が日本人に

とって大切な記憶である証し

なのだ。

『古事記』でも『日本書紀』

でも「神の代」と「人の代」

ははっきりと区別されているのだ。

しかし、けっして断絶は

しておらず、ニニギの命

の存在によってしっかりと

つながれているのだ。

だからこそ、「天孫降臨」は

わが国の文明・文化・歴史・伝統

において、きわめて重要なこと

なのだ。

ニニギの命の曾孫が神武天皇。

ニニギの命は、笠沙の岬で

美しい乙女と出会うのだ。

山の神さまの娘・

コノハナサクヤ姫。

コノハナサクヤ姫との間に、

3人の子が生まれるのだ。

ホデリの命(海幸彦)、

ホスセリの命、

ホオリの命(山幸彦)。

ホオリの命(山幸彦)と

海の神さまの娘・トヨタマ姫

との間に生まれたのが、

ウガヤヒキアヘズの命。

ニニギの命は山の神さまの娘と

結婚し、その子は海の神さまの

娘と結婚するのだ。

山と海に代表される、天地の

あらゆる尊い存在が皇統に

集約されていく様子を表現

しているのだ。

ホオリの命(山幸彦)の子ども

であるウガヤフキアヘズの命は、

トヨタマ姫の妹・タマヨリ姫と

結婚するのだ。

そして生まれたのが神武天皇

なのだ。

江戸時代の儒学者たちの感覚では、

日本という国の歴史のはじまりは

神武天皇からなのだ。

それ以前は「日向三代」。

さらにそれ以前は「神代」。

神代から重視する学者たちは、

皇学(国学)系統の人たちなのだ。

日本は建国以前の物語が詳細に

伝わっている稀有な国なのだ。

子どもたちにも楽しく知ってもらい、

生き生きと感じてほしいのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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