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覚えとるんじゃ

どうも村田です

天照大神

(あまてらす

おおみかみ)

が出現して、

みんなの顔が光に

照らされて白くなった、

ここが面白いということ

なのだ。

阿那多能志(あなたのし)、

楽しいというのは手を

伸ばして喜んでいる姿だ

ということなのだ。

今の国語学でいうと

必ずしも語源的に正しい

解釈ではないようだが、

少なくとも古代人はそう

信じていたのだ。

この天照大神

(あまてらすおおみかみ)

の再出現の瞬間の感情を

描写しているわけなのだ。

それがわれわれの

「面白い」とか「楽しい」

とかという表現になって

いるということなのだ。

このように、失敗と

ひきこもりという試練を経て、

天照大神

(あまてらすおおみかみ)

は天上の中心者にふさわしい、

人間で言えば人格、神様だから

神格に成長して、

高天原(たかまがはら)

の秩序がようやく安定

したのだ。

そして物語は、再び地上の

中心者を生み出すという

問題に移っていくのだ。

それが、とにかく

日本神話の最も

クライマックスである

天孫降臨の場面になるわけ

だが、付け加えると、

高天原(たかまがはら)で

大暴れしたスサノオノ尊は

追放されて、出雲の国に

行って、

そこでヤマタノオロチを

退治してクシナダヒメ

という女性を救うという

体験を経て、

これまた単なる乱暴者から

英雄神へと変身していく

わけなのだ。

この時にスサノオノ尊が

退治したヤマタノオロチ

の尻尾から出てきたのが

天叢雲剣

(あめのむらくものつるぎ)、

後の草薙剣

(くさなぎのつるぎ)で、

三種の神器の1つとして

今は熱田神宮に祭られて

いるのであるのだ。

突然だが、少し話を変えると、

私は学生の引率でハワイに

行ったことがあるのだ。

今は現代日本社会学部

というところにいるけれど、

もともと

皇學館大学に来た時は

神道研究所というところに

いて、そこからさらに

神道学科に移って、

神職になる学生を育てる

ということをしばらく

やっていたわけなのだ。

その時の研究旅行で

神社に行くのだけれど、

たまたま

ハワイの神社を継ぐという

人が専攻科というところに

来ていて、

その人の縁ができたので、

「じゃあ、ハワイにも

いっぱい神社があるので、

学生と一緒にハワイに行こう」

ということで、ハワイに

研究旅行に行ったのだ。

ハワイにはたくさんの

神社があるのだけれど、

その方々に聞いたら、

「アメリカでは、特に何か

大事なことや難しい問題が

起きるたびに、宗教者の

意見を聞く」

というのだ。

「この問題は、あなたの

宗教の教えに照らして

どうですか?」とか、

「神典に照らして

どうですか?」

みたいなことなのだ。

例えば、

「死刑は正しいのか?」

とか、

「安楽死はどう考えるべきか?」

とか、

そういうことを

「あなたの宗教の教え

とか古典に照らして

お答えください」

みたいなことを

言ってくるのだそうだ。

そのことで思い出した

ことがあるのだけれど、

実は私は神社本庁の

教学委員というものを

していまして、

その教学委員へ

「原子力発電を

どう考えますか?」

という質問がきたことが

あるのだ。

これは、

「現実問題として、

山口県で神社の所有

している土地の一部が

原発の建設予定地に

含まれたことになって、

そこを売却するかどうか

で氏子と宮司が対立している。

それを教学的にどう考えるか?」

ということでの問いだった

のだけれど、

その時に私が思いついた

のはスサノオノ尊の物語

なのだ。

スサノオノ尊は、最初は

すごく乱暴者で天地を

枯らすほど泣きわめいて、

巨大な悪を成すエネルギー

だったわけだけれど、それが

ヤマタノオロチを退治する

ことによって

英雄神に変化するわけ

なのだ。

その時の私の回答が

「神道では、巨大な

エネルギーがある一時

大きな災厄をもたらした

からといって、

永久にそれが悪だとは

断定しません。何かの

きっかけで大きな善にも

なり得ることがある

というのが神道の考え方

ではないでしょうか」

というような感じで回答

したことを覚えているのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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