どうも村田です

軍人精神を語る
上で欠かせない
文献ががまったく
参考にされてないのだ。
論理的に考えても
「死の賛美」「死の美学」
が武士道に由来するなら、
なぜ、武士が統治した
徳川時代が対外戦争も
なく平和だったのか。
戦争の結果よりも死を
尊重して、なぜ、
日清・日露戦争に
勝てたのか、不思議で
ならないのだ。
ここまで著者の思考を
繰り返しすり込んで、
ようやく、
特攻隊員の遺文への
言及がはじまるのだ。
しかし、依然として、
刷り込みは続くのだ。
「いくつかの
繰り返される主題」
と題した本章の扉には
次のように書かれている
のだ。
「神風特攻隊員たちが
家族や親しい者たちに
宛てて書いた手紙には、
靖国神社に展示される
ことを彼ら自身も理解
したうえで、
多くの共通した主題が
繰り返し見られる。
個人的・家庭的な信頼に
加え、
彼らの英雄的戦士の
神話からの文化的
参照を用いている。
これらの神話は、
保持されている学生時代
に教師や教科書を通じて
豊富に学ばれた内容で
ある分、より一層の
同一化が可能となっていた。
本稿では、それらの
主要な主題を取り上げ、
その由来を古今さまざまな
伝統の中に見出すことに
よって、
それらがどのように国家
主義の基盤となり、また
それを記す本人たちに
とって
どのような意味を有して
いたのかを理解しようと
試みるものである。」
特攻隊員の遺文に共通して
みられる主題を、予め
「国家主義の基盤」
と決めつけた上で、
それらが本人たちにとって
持った意味を外科手術的に
取り出して分析するのが
目的とされているのだ。
対象になったのは主に
和歌で、引用元は
平成11年8月刊行の
『特攻隊遺詠集』
なのだ。
第一の共通した主題は
「桜の花」で
それについては次の
ように解説されている
のだ。
「本来、桜は山に自生
するものであり、山は
神道における最も
神聖な場所である。
神道は明治時代に国教
として再編された。
そして、
外地での軍事作戦や
戦死者の増加とともに、
数日のうちに咲き誇り、
萎れる前に散る桜の花は、
天皇への忠誠と死に至る
までの献身、
そして先祖の武士道に
より鍛えられた日本人の
魂を象徴するものとされる
ようになった。」
「ナショナリズムの高まり
と軍国主義の圧力とともに、
桜の花は教科書・大衆文化、
歌謡・映画においても
頻繁に現れるようになる。
日本の軍事的拡張が
外国領土へと及ぶ際、
国旗とともに桜が植え
られることがほぼ恒常化し、
これによってその土地を
象徴的に植民地へと変える。
桜の花は、神に祝福された
国である日本の優越性を
表す象徴となる。」
「この桜の花の象徴性に
よって、個人の死は
国家全体によって
祝福される集団への死
へと昇華されることとなる」
このような説を私は
はじめて聞いたのだ。
第2の共通した主題は
「靖国神社」なのだ。
「日本全国において、
出征する徴兵兵士は、
周囲の人々から見送られ、
感謝され、そして
もし戦死すれば靖国で
村を挙げて検証される
と信じられていた。」
「戦死者の数が増加する
につれて、遺族の悲しみは
集合的英雄化によって
いわば中和・昇華される
べきものとされたのである」
第3の共通した主題は
「家族」で
「検閲は、家族について
語ることを妨げてはいない。
むしろ、政府にとっては、
あえて言うならば、
パイロットの死を一種の
「家」を守る行為として、
ことにその柱である母親を
守るためのものとして
正当化することが目的である。」
さて、このあたりから、
特攻隊員の遺文の具体的な
引用の前に、
間に、あるいは後に、
「検閲」
と言う言葉が頻出する
ようになるのだ。
それによって、これらの
遺文が、決して彼等の
自由意志によるものでは
ないとの先入観が、
読者に植え付けられて
行くのだ。
最後の共通した主題は
「葬儀用の遺品」だが、
省略するのだ。
第4章は「手紙の紹介」
と題されているが、
手紙の紹介はごくわずかで、
第5章で特攻隊員の
遺書を読むにあたっての
方向付けが
「これでもか」
というほどしつこく
行われているのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

