どうも村田です

「その他の兵器、
その他の空しい発明」
では、
その他の特攻兵器に
言及しているのだ。
「桜花」「震洋」
「回天」「伏龍」
については
「これらすべての兵器
はいずれもむなしい
発明にすぎなかった。
そして戦いは敗北を重ね
ていった。それでも、
国家的犠牲の狂信者たち
は声を上げ続けた。
たとえば、大西は
「2千万人の特攻に
よって帝国は救われる」
とまで言い切った!」
実際「回天」の
アメリカ軍に多大の恐怖
を与えていたのだが、
詳しい説明は省くのだ。
「総括」
からは本章のまとめに
なっているが、その中身
はかなり矛盾して、
支離滅裂なのだ。
「効果が相対的なもので
あったとはいえ、自爆
攻撃は約1年間にわたって
継続された。
確かに、
「自爆機は、日本人が
水上艦船に対して発明
した中で、
群を抜いて最も効果的
な兵器であった。
何か月間にわたる
戦争のうち、
たった10か月しか使用
されていなかったにも
かかわらず、
自爆機はアメリカの
軍艦に与えた全損害の
48・1%、
戦争中に沈没した艦船
の21・4%の原因と
なっている」のだ。
アメリカ戦略爆撃調査団
によれば、2千500機を
超える航空機を失った
代償として、
特攻作戦は連合軍の
さまざまな 水上艦に
対し474件の命中を記録し、
成功率は18・6%であった。
では、特攻にある程度
の有効性があったと
結論づけるべきか?
おそらく そうであるが、
この究極の戦術が
アメリカの進軍を
遅らせたわけではない
ことは明らかである。
神風攻撃の頂点であった
沖縄戦においては、
連合軍の艦船1隻を沈める
ために
平均50機の航空機が
必要であった
では、このような
自爆攻撃をどのように
理解すべきか?
勝利の追求というよりは、
むしろ、 帝国を名誉の
うちに存続せしめる
ための犠牲であり、
千年の歴史を持つ文明の
雄々しさを示すための
ものだったであろう。
若者たちを確実な死に
送り出すことは、決して
滅びることのない
「神々の国」
の存在を宣言する
ことなのだ。」
ここでケスレー氏は、
もはや保有戦力に
大差がついてしまった
段階では、特攻がかなり
有効な戦法であったこと
を認めるにいたっている
のだ。
しかし、
「アメリカの進軍を
遅らせたわけではない」
としてその戦果を否定
した上で、
その目的は
「帝国を名誉のうちに存続
せしめるため」決して
滅びることのない
「神々の国」
の存在を宣言することに
あったとしているのだ。
国家が決定的な敗北を
しても残る「帝国の名誉」、
「決して滅びることの
ない「神々の国」の存在」
とは一体なんなのか。
この論理にケスレー氏は
納得したのか。
自分は納得できないけれど、
狂信的な日本人は納得して
いただろうというのか。
この後ケスレー氏も
大西中将の策略には
まっているのではないか
と思うのだ。
「終局」では
「神風特攻隊は、敵の
進撃を食い止めるどころか、
アメリカに対して、迅速
かつ低コストでの勝利を
確実にするために
原子爆弾の使用を促した
のではなかったのか?
断定することはできないが、
それが判断に影響を
与えた可能性はある。」
と原爆投下の責任を
特攻攻撃になすりつけて
いるのだ。
そして、結局
「1945年8月15日、日本は
無条件降伏を余儀なく
された」と述べた後、
特攻隊の生みの親で
あった大西中将の自決と
部隊の指揮官であった
宇垣纏中将の最後の特攻出撃
に言及しているのだ。
そして、特攻隊について
の彼の見解を次のように
記しているのだ、
「特攻隊を、
プロパガンダの犠牲者か
狂信者かのどちらかである
と決めつけるような
単純な二元論的判断には
注意が必要である。この
「聖戦」において、
彼らは何よりも祖国の
ために戦っていたのであり、
あるいはまた、
東洋の精神的な優位を、
西洋の物質的優位に対抗
させようとしたのかも
しれない。」
ここまで、特攻作戦に
ついて、散々
「プロパガンダ」
を繰り返し、
「狂信的」
と言っておきながら、
単純な二元論はダメだと
いうのはどういうこと
なのか
国の指導者や上官は
「狂信的」で、
「プロパガンダ」
を繰り返す人々であったが、
特攻作戦に参加した若者は
純真だったということなのか。
彼はこの後、こんな
言葉で、この章を
締めくくっているのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

