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名言なんじゃ

どうも村田です

松陰はすこぶる元気に

江戸への旅を続けるのだ。

多分、湊川での合戦に

向かう時の楠木正成の

ような、高揚した心境

だったかもしれないのだ。

江戸への護送の途中、

驚くべきことに松陰は

61首の漢詩を集めた

漢詩集と、

20首の和歌を集めた

和歌集を作り上げて

いるのだ。

どうやって護送されながら、

筆も硯も与えられないのに

漢詩集や和歌集ができたのか

というと、

これは藩の厚意なのだろう。

松陰の門人がそばに

付き従っていたので、松陰が

口頭で述べることを聞き

取って書いていくわけなのだ。

6月25日、江戸の長州藩邸に

着いた松陰は、しばらく

藩邸内の留置所で過ごし、

7月9日、評定所という

いわば最高裁判所に

呼び出され、取り調べを

受けるのだ。

評定所の奉行、いわば

裁判官は3人いたそうなのだ。

松陰は奉行たちの厚意を

信じていたのだ。

そして、下田踏海事件から後、

自分がしてきたことを詳しく

語り始め、とうとう松陰は

「私には死罪に当たる

ような罪が2つあります」

と言ってしまったのだ。

それを聞くと、奉行たちの

物分かりの良さそうな態度は

一変するのだ。

彼らはこう言い放ったのだ。

「もしも間部(まなべ)老中

がおまえの言うことを

聞かなかったら、おまえは

本当は老中を斬り殺そうと

したんだろ」

松陰は

「その時どうするかまでは

考えていませんでした」と、

とりあえず答えるが、しかし

奉行たちはもう聞く耳を

持たないのだ。

役人たちは松陰に

「覚悟をせよ」

と言い放ったのだ。

そして1回目の取り調べは

終わり、その後、松陰は、

4年10ヶ月ぶりに、

あの伝馬町の獄舎に投獄

されるのだ。

江戸の獄に入るのは

下田踏海事件以来で2度目に

なるのだ。

そのころ、江戸には松陰が

期待してやまない門人の1人、

高杉晋作がいたのだ。

晋作はまだ21歳で

晋作は、獄中の松陰とほぼ

4ヶ月の間、何度も手紙の

やりとりをしているのだ

そのころ晋作は、若者には

ありがちなことというか、

人間いくつになっても同じ

かもしれないが、

自分の人生について

いろいろな悩みを抱えて

いたようなのだ。

そのことに対しても、

松陰はとても親切な、

懇切な手紙を書いてるのだ。

これから挙げるのが、その

返事の中に見える言葉なのだ。

「死んで自分が不滅の存在に

なる見込みがあるのなら、

いつでも死ぬべきです。

また、生きて自分が国家の

大業をやり遂げることが

できるという見込みがある

のなら、

いつでも生きるべきです。

生きるとか死ぬとか、それは

たった1つの形にすぎないので

あって、そのようなことに

こだわるべきではありません。

今の私は、ただ自分が言うべき

ことを言うということだけを

考えています」

以上だが、この手紙の中の

原文で言うと、

「死して不朽の見込みあらば

いつでも死ぬべし。生きて

大業の見込みあらばいつでも

生くべし」

という一文は有名なのだ。

松陰の死生観は、ほとんど

揺らぎのない、澄み切った

境地に達していたと言える

のだ。

取り調べは2回目、3回目と続き、

4回目の取り調べが10月16日に

行われ、打ち首になることが

決定するのだ。

その4回目の取り調べの4日後に

書かれた手紙が、現在

「永訣の書」

と呼ばれているもので、

いわば家族への遺言なのだ。

そこには不思議なことに、

恨みや呪いや憎しみや怒り、

不安、そんな感情が全く

感じられないのだ。

そこに見られるのは、いわば

究極の達成感のようなものから

あふれ出てくる感謝の心だけ

なのだ。

「親思う心にまさる親心 

けふの音づれ何ときくらん」

歌の意味は、

「子どもには親のことを大切に

思う心があるけれども、親が

子どものことを大切に思う心は、

それよりもずっと大きなものです。

それなのに私は今、このような

事態になってしまいました。

そのことをご両親はどれほど

悲しく思っておられるでしょう。

幕府は政府の言論にはまるで

耳を貸さず、ましてそれを

取り上げる気もありません。

邪悪な外国人どもは、思いのまま

に江戸を歩き回るようになって

しまいました。

しかし、神国日本はまだ地に

落ちたわけではありません。

上には神聖な天皇さまが

いらっしゃいます。下には

忠や義の魂を持った人々が

満ちています。

ですから、日本の将来のことも

あまり悲観的になられないよう

お願いいたします。

くれぐれもお体を大切にされ、

どうか長生きしてください。

以上、この手紙は10月20日に

書きました。

なお、申しあげておくが、

大切なのは人の死を悲しむ

ことではなく、

自分がなすべきことを

なすことです」

以上だが、大切なのは人の

死を悲しむことではなく、

自分がなすべきことをなすこと、

原文は

「人を悲しまんよりは、自ら

勤むること肝要に御座候」

という一文は、

「いつの世も今を生きる者が、

今は亡き人々に対してどういう

姿勢で臨むべきか」

ということを教えてくれる

名言かと思うのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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