どうも村田です

私たちは
どうやって自分の
エゴを超えるのか
という宗教性、これが
実は大東亜戦争までの
間に問われていたと
思うのだ。
さて、だとすれば、
昭和100年という
ことは、
その後の昭和の方が
長いわけなのだ。
さて、その時に
私たちはこの問題、
日本人とは
一体どのような
倫理性とどのような
宗教性を持っている
のかという、
その問いを果たして
問えたのか、と
いうのが次の課題に
なるのだ。
昭和20年、つまり
1945年8 月15日に、
私たちは敗戦を
迎えるわけで
敗戦を迎えた瞬間、
何が起こったか、
もちろん皇国思想を
喪失するわけなのだ。
今まであった
私たちの何かという
問い、つまり
「みそもくそも」
のみそなのだ。
くそもあったと
言うのだ。
くそは流せば
いいかもしれない
けれど、みそまで
流したのだ。
みそもくそも流して、
「全てはなくなった」
と言って、
当時、共産主義、
そしてキリスト教、
そしてニヒリズム
なのだ。
ニヒリズムがはやる
のだ。
つまりそれは
どういうことかというと、
私たちは一体どういう
ふうに生きてきたのか
というアイデンティティ
をまず問うことが
できなくなったのだ。
その問いの結果として
負けたのだ。
そうすると、どういう
ことかというと、
アイデンティティがない
ということは、
つまり自己本位、
自分にならって、
自分に本位を置いて、
自分のクライテリオン
で生きるということに
コンプレックスと
後ろめたさを
感じるようになるのだ。
やはりもう1回、
新たな第2の
文明開化が始まる
わけなのだ。
では、次の文明開化は
ヨーロッパだったか、
違うのだ。
もちろん知っての通り、
アメリカを見るのだ。
アメリカという
自分の外にある
価値に準じてしか
物事が考えられなく
なるという、その経緯が
ここでやってくる
ことになるのだ。
もちろんそれを
作ったのはアメリカ軍
だったのだが、
だからよく言うのは、
アメリカ軍は確かに
やったのだ。
占領政策は
めちゃめちゃやった
のだ。
でも占領政策に
付き従ったのも
日本人なのだ。
やらなくてよかった
その付き従い方まで
やったということは、
日本人がそこまで
問い詰めていった
アイデンティティを
どれだけ失ったのか、
そして失ったそれに
ついて誠実に向き合う
のではなくて、
この空虚な心を
すぐに埋めてほしい。
すぐに何かの
外の価値で埋めて
ほしいと泣きついたのが、
その問題なのだ。
逆に言うとだから
近代日本はそこまで
日本人の自信を
打ち砕いていたのだろう。
多分昭和初期まで、
昭和戦前期まで、そう
考えた方が私はいいと
思うのだ。
だからGHQのせいには
私はしたくないのだ。
GHQがやったことは、
2つあったのだ。
1つがポツダム体制の
構築、もう1つが
サンフランシスコ体制
の構築なのだ。
ポツダム体制とは、
もちろんポツダム宣言
によってなされた制度
設計だったわけだが
われわれはその
戦後民主主義と
平和主義の起源として、
すごく高く道徳的な意味
として受け止めるのだ。
1つは、ポツダム宣言
の理念なのだ。
軍国主義を除去し、
民主主義の復活と強化、
これをしたら
私たちはつまり占領下
にいなくなるとうたって
いるわけなのだ。
そこにおいてこう
言っているのだ。
ポツダム宣言
第6項において、
世界征服に狂った
「国家」
とそれにだまされた
無垢な
「国民」という
二項対立を出して、
国民と国家を分断
したうえで、国民を
免罪し国家を批判する
のだ
これを受け入れたのだ
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

