どうも村田です

天照大神以降
受け継がれてきた
大事なものなのだ
ちなみに、儒教では
「仁」「義」「礼」
「智」「信」
が基本的な徳目と
されているのだ。
日本の三種の神器に、
こうした深い意味を
見出したのは、どうも
北畠親房が最初みたい
なのだ
これは彼が仕えた
後醍醐天皇が、三種の
神器に強い拘りを見せた
ということと関係している
のかもしれないのだ。
さて、三種の神器の中でも
特に重要なのは鏡である
といったのだ。
それはなぜか。
鏡は曇っていると何も
映らないし、
曇りなくきれいにすると
映るのだ。
そして真実しか映さない
のだ。
鏡は嘘をつかないのだ。
つまり鏡=正直
ということなのだ。
鏡は君主の徳(君徳)
すなわち上に立つ者が
示すべき政治道徳に
ついて表しているのだ。
天照大神は
「正直さを大事にしなさい」
と皇孫に伝えたといわれて
いるのだ。
『日本書紀』
の中にあるエピソードだが、
雄略天皇二十二年のとき、
「人はすなわち天下の
神物で神性を有している。
故に人たる者の心の神、
心神を失ってはならない。
神は深く祈る者に姿を
現して幸いを与え、
冥妙なる神々は正直な
者をまずは加護する」
(応神天皇条)
という話があるのだ。
つまり
「神様は正直な人に
加護を与える」
といっているのだ。
また他の部分からの引用
だが、このようにあるのだ。
「私心(邪心)を去って、
心を常にきれいな状態に
保っておくことが、
人間倫理の基本であると
同時に、上に立つ者の
正しい姿なのだ」
「自分の欲を捨てて、
他人を利することを先とし、
遭遇するときどきの境遇に
関しては
鏡が物を照らすように、
聡明で迷わぬこと、心を
きれいな状態にしておく
ということが、
正しい決断や正しい慈悲
をもたらすために重要
なのだ」(応神天皇条)
正直や徳という観点から、
様々な政治家を評価する
のだが、
北畠親房が飛び抜けて
評価しているのが
鎌倉幕府の第三代執権・
北条泰時なのだ。
泰時のことは大好きだが、
評論家の山本七平が
『日本的革命の哲学』
という本の中で、
泰時のことを高く評価
しているのだ。
泰時は法律(御成敗式目)
をつくり、日本で最初の
「法の支配」を確立した
のだ。
さらに山本氏は
「泰時が日本で一度だけ
『革命』を起こした」
といっているのだ。
泰時という人物は
ものすごい善人で、
周りの人たちを立てて、
鎌倉幕府を「合議制」
に変えていくのだ。
それから御成敗式目
などの法律(決まり事)
をつくり、
その法律に基づいて
統治を行なうやり方を、
おそらく日本で初めて
導入した人物なのだ。
山本氏はそうした偉業
を褒め称えており
「泰時は非常に立派な
政治家だ。正直で
心正しく、彼の政治も
実直で、
人を大切に驕ることが
なかった。北条家の治世が
長く続いたのも泰時が
持つ徳のお陰である」
というふうなことを
いっているのだ。
一方、山本氏は
「北朝側の足利尊氏
(あしかがたかうじ高氏)
はまったくダメだ。
徳なんかあった
もんじゃない」
というふうにかなり
酷評しているのだ。
尊氏といえば室町幕府を
創設したことで有名だが、
なぜ彼がダメかというと
「北条泰時は私心のない
公平で正直な人であったが、
尊氏は嘘ばかりつくうえに、
自分のことしか考えてない」
と述べているのだ。
山本氏によれば、尊氏は
ちょっとした手柄を持つ
だけですぐに
「もっと官位をくれ」
とか
「もっと土地をくれ」
とか
つまり自分の要求ばかり
を通してくるのだ。
しかも
「俺のおかげで成功したんだ」
と自分の功績ばかりを
アピールしてくるのだ。
山本氏にとって、
尊氏のこの態度は許し難い
と思ったのだろう。
一方で繰り返しになるが、
北条泰時は私心なく
正直な人だったので、
彼の部下たちも、自分から
官位を求めるようなことは
少なかったというわけ
なのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

