どうも村田です

DNA分析の結果を
主成分分析という
1枚の図に表したもの
がこの図になるのだ
大体大陸の人というのは、
右側の下の方に斜めに
走っている人なのだ。
モンゴルから東南アジアの
少数民族、これが南側に
あるのだが、
そのまさに対極にあるのが
縄文人なのだ。
一番上の方にあるのが縄文人、
それから100%縄文の遺伝子
を持つ弥生人、
これが一番左上の方にいて
その縄文人と大陸の人との
中間に渡来系弥生人と
現代日本人がいるわけなのだ。
だから、縄文人と大陸系の
人との混血が現代日本人
であるということは、
これでも明らかということに
なるのだ。
現代韓国人あるいは
ソウルの人だが、ソウルの
人は現代日本人と大陸の人の
中間にいるのだ。
つまり、より中国の人との
混血が進んでいるということ
なのだ。
それから、現代日本人と
縄文人の間にいるのが
混合弥生人、
つまり縄文系の人と渡来系
弥生人が混血した人たちが
真ん中にいるわけなのだ。
だから、先ほどの佐世保の
下本山遺跡というのは真ん中
のところにいるわけなのだ。
これを見ると、核ゲノムの割合、
どれぐらいの割合で混ざって
いるかということがはっきりする、
そういうデータということに
なるわけなのだ。
これは今から6,000年前の
縄文前期と同じ時期の頃に
釡山で見つかった人なのだが、
この人は実は現代韓国人とは
全く別のところにいるのだ。
極端な話をすると渡来系
弥生人の分布域の中に
この人が入っているわけ
なのだ。
だから、6,000年前の朝鮮半島
の海岸部には、非常に渡来系
弥生人に近い遺伝子を持つ人
たちがすでに存在したという
ことになるのだ。
そして、その後、中国との
関係があって、現代の韓国の
位置に動いてくるわけなのだ。
どういうふうにやってくるか
というのをまとめたのがこの図
になるのだけれど、
オレンジがDNAから分かった
ルート、ブルーが考古学的に
考えられたルート、
それから緑は水田稲作の
ルートなのだが、起源地が
それぞれ違うので、
どこかでそれが一緒になって、
そして日本列島に紀元前
10世紀ごろ入ってくるという
ことがこれで分かるわけなのだ。
では最後に、弥生文化の
負の遺産ということで戦い、
格差、感染症というものを
取り上げたいと思うのだ。
まず戦いなのだが、縄文人は
武器を持っていないのだ。
武器は弥生時代になって
初めて出てくるものなのだ。
水田稲作と一緒に入って
くるわけなのだが、これが
最初に見つかった戦いで、
死んだ人ではないかと思われる
人の骨なのだ。
ちょうど首の下のところに
石の剣の先端が突き刺さって
いるのだ。
石の剣だから折れてしまうのだ。
骨に突き刺さると引き抜く
時に折れてしまうのだ。
これはたまたま骨が残って
いたから、武器で殺された人だ
ということは分かるのだが、
骨が腐って残っていないと、
最初は石の剣の先だけを
副葬していたのではないか
というふうに考えられていた
のだ。
だから、戦いとは全く
無関係に考えられていた
のだが、
こうやって骨が実際に残って
いるとは、
「この人は剣で殺されたのだな」
ということが分かるわけなのだ。
この殺された人は大体身長が
162センチある人なので、
162センチのこの人の首の
後ろを剣で突き刺す
ということになると、上から
突き刺すことになるので、
170センチぐらいある人で
ないとできないのだ。
ここに突き刺せないのだ。
しかも7.5センチも奥に
突き刺しているので、相当な
力で突き刺しているという
ことが分かるのだ。
相当苦しんで、もがき
苦しんで亡くなったことが
分かっているのだ。
犯人は右利きの男性、身長が
170センチ以上ということが
分かっているのだ。
これは今のところ一番古い
戦いで亡くなった人なのだが、
左の大腿骨の上に、
長さ12センチの矢じりが
突き刺さっていたのだ。
左側は剣なのですが、
右側に矢じりが2本あるけれど、
これが刺さっていたのだ。
だから弓で射られて、左の
腰の辺りに当たって、その
傷で亡くなった人なのだが、
検死の結果、この人は
即死だったそうなのだ。
この人が現在、30年前に
発掘されたのだが、骨の
調査の結果、100%縄文人だ、
縄文系だと言われていた
のだが、最近もしかしたら
この人は混血の人ではないか
というふうに考える説も出て
きているのだ。
いずれにしても、
朝鮮半島系のお墓に
朝鮮半島系の武器で殺された、
縄文の割合が高い人がいた
という、
「これを一体どう
考えたらいいのだ」
ということが、やはり今
謎となっているわけなのだ
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

