どうも村田です

混血の舞台は
西であって東では
なかったと
いうことが分かるのだ。
それから、縄文人の核
DNAから縄文人の祖先が
どういうふうにやって
きたかというのが分かって
いるのだ。
もともと20万年前に
アフリカで生まれた
ホモサピエンスなのだ。
昔、クロマニョン人と
言っていたけれど、この
クロマニョン人が、
東南アジアに大体6万年
とか5万年ぐらい前に
やってきたのだ。
東南アジアから北上して
いくわけだが、海岸沿いや
島しょ部沿いに北上して
いった
青のグループと、それから
大陸の中を北上していった
赤のグループがあるのだが、
この中で縄文人というのは
大体赤が56%、青が44%と
いうふうに言われているのだ。
縄文人が南方系であると
言われているゆえんなのだ。
もちろん北からも旧石器の
人たちが入ってきているので、
北の系統というのはあるのだが
残念ながら北海道で旧石器時代
の人骨が見つかっていないのだ。
旧石器時代の人骨が出るのは、
珊瑚礁地帯だから沖縄だけ
なのだ。
だから、どうしても南の方
の系統が強く出すぎる
ところはあるのだが、
今のところこういうふうに
考えられているのだ。
では弥生人ではどうかと言うと、
これはDNA分析以前の骨から
考えた時期、段階だが
3つに分かれると考えられて
いたのだ。
福岡、佐賀を中心とする
渡来系弥生人、それから
長崎や、それから天草、
そういうところを中心とする
西方九州弥生人、それから
鹿児島を、種子島を中心
とする南九州弥生人、
この3つが考えられて
いたのだ。
このうち西方九州弥生人と
南九州弥生人というのは
縄文直系の人たちなのだ。
つまり、混血していない
人たちと考えられている
のだ。
渡来系弥生人というのは、
稲作とともに朝鮮半島から
やってきた人と、
もともと縄文時代からいた
人が混血してできた、結婚
してできた生まれた混血児
なのだ。
これが渡来系弥生人と
いうふうに考えられたのだ。
核DNA分析をやったことに
よって、これも若干変更が
生じているが、
骨だけだとこういうふうに
考えられるわけなのだ。
これは大体外見が全然違い
縄文系の人と弥生系の人
というのは、
見た目が違うと言っても
いいと思うのだ。
これは2018年から5年間、
行ったDNA分析の結果なのだ。
色の違いは、これは系統の
違いを表すのだ
縄文系の人たち、それから
渡来系の人たち、それから
混血した人たち、それから
記号の違いなのだ
三角、丸、四角というのは
縄文時代、それから
弥生時代の前半期、
それから弥生後期以降、
この3つに分かれている
のだ。
現在、核ゲノムが分かっている、
核DNA分析が行われた弥生時代人
の一覧表なのだが、
残念ながら一番古い段階の
渡来系弥生人はまだ
見つかっていないのだ。
というか、分析できてない
のだ。まだ未発見なのだ。
だから、見つかっている
のは縄文系の人たちだけ
なのだ。
一番古いところで
そして、渡来系と縄文系の
混血した人たちが
弥生時代の前期になると
どうも存在しているらしい、
ということが分かってきた
のだ。
それから、渡来系弥生人の
最も古い例は、愛知県の
朝日遺跡で見つかった
弥生時前期後半の人骨なの
だが、これが一番古いのだ。
関東では同じ紀元前1世紀
なのだが、神奈川県の
逗子市にある池子遺跡で
渡来系弥生人が見つかって
いるが、同じ時期の群馬県の
みなかみにある遺跡では、
これは100%縄文系の人が
見つかっているのだ。
だから、紀元前1世紀の
群馬の山の中と神奈川の
海岸部では100%縄文系と
渡来系の人が並存していた
ということになるわけなのだ。
これが現在最も古い
渡来系弥生人の人骨、
DNA分析をした人なのだ
この人のDNA分析の特徴は
すごく縄文系の割合が低い
のだ。
私たちよりも低いのだ。
6%しか縄文系の系統を
引いていないのだ。
これは大陸の人とほぼ同じ
ような割合なので、
「一体この人はどこから
来たんだろう」というのが
非常に関心の的になっている
人なのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

