どうも村田です

鳥濱トメさんの記憶
を継承しているのだ
そして訪れた人たちに、
そのトメさんが見た
特攻隊員の日常的な
暮らしや
食堂での振る舞いや、
最後に見せた表情
なんかを、
あたかもトメさんが
語っているような
感じで教えてくれるのだ。
そういうのに触れる時も、
やはり社会学の仲間は
「いや、何かそれは、
自分たちはそこに引っ張り
込まれないぞ」という
気持ちで見ているのだが、
私はこれはもしかしたら
展示物だけではなくて、
そういう記憶を継承
する人に会いに来ている
人たちが結構いるのかなと、
自分たち社会学者
みたいに距離を取って
観察するのではなくて、
その当時の特攻隊員の
人たちの思いとか、
ここでどんなふうに
最期を過ごしたの
だろうかというのを
追体験するような
気持ちで来ている人が
いるのだろうなと感じた
のだ。
そしてそういう人
たちがここで感じる
ことや、
同じものを見ても、
感じることや考える
ことはだいぶ違う
のではないだろうかと、
そんなことを思い
ながら知覧の人たちと
そこでいろいろ話を
したのだ。
特攻平和会館には
観光バスが止まれる
広い駐車場があって、
私たちが行った時も
観光バスが次々と来て、
ちょうど長期の休み
だったということもあり、
いろんな団体の人たち
がそこから降りて平和
会館に来見に行くのだ
年配のお客さんが多く、
彼らと一緒に平和会館で
遺影や遺書を私も一緒に
見るのだが、
すごく真剣な表情で
見る方がいたのだ。
全員ではなく
観光のコースにあるから、
そのつもりで見ている方
もいるのだが、
中にはすごく真剣な
まなざしで遺書に目を
通している方がいて、
すごく印象的だったのだ。
社会学の仲間はその時
やはり批判的に距離を
取って見るのだが、
私は真剣に読むと
どうなるのかなと
真剣に読んで、
遺影に写っている
若い特攻隊員たちの
顔を見ながら、
遺書を読むという
ことをやったのだ。
そこで見えてきたのが、
これはもしかしたら
知覧に来て、
私たち社会学者が
見えないものを彼らは
見て感じ取って、
そのために来ている
人もいるのだろうな、
というのが見えてくる
のだ。
社会学というか
社会科学では、今まで
捉えてこなかった
ようなことが、
実はここでは起こって
いるのではないかと、
そう思った私は、
今はインターネットで
いろいろ検索すると、
いろんなことがわかる
便利な時代になったのだ。
知覧にみんな何をしに
行っているのかなと
調べてみると、本が
幾つか出てきたのだ。
私が行った10年前辺り、
永松茂久さんの
『人生に迷ったら
知覧に行け』
という本が確か出た
ばかり、
またはこれから出る
というタイミング
だったのだ。
早速この本を手に
入れて読みんだのだ。
それから、
山近義幸さんの
『山近義幸の知覧道』
という本はすでに
出ていたのだ。
この方は主に中小企業
の社員研修とか新人
研修のプログラムを
提供する会社で、
知覧研修というのを
やるのだ。
ここで社員研修を
やるのかと、すごく
意外な感じがしたが、
とにかくこういった
本を見ると
「あれ、自分が学校で
勉強してきた特攻隊の
歴史の勉強とは全く違う
アプローチをこの人たち
はしているな」
というのが分かって
くるのだ
もっと調べてみると、
例えば試しにやって
いただきたいのだが、
知覧研修、研修という
ワードを付けてネット
検索をすると、
いろんな会社が研修
プログラムをここで
やっているのだ。
それは社員研修で
あったり、自己啓発の
プログラムであったり、
それから体験レポート、
「実際にこれに参加
してこうだった」
というのもいろいろ出て
くるのだ。
この世界は自分には
見えていなかった世
界だなということを
すごく強く感じたのだ。
一体ここで何が
行われているのか、
つまりこの人たちは
戦争の歴史を学びに
行っているというよりは
自己啓発、
つまりそこの場所で
いろいろ感じて考えて、
自分の生き方とか、
自分の仕事への
向き合い方とかを
そこに行くことによって
捉え返していって、
新しい気持ちになって、
またもとの日常に
帰ってくる、
そのために何回も
繰り返し足を運ぶ方も
多くいらっしゃるのだ
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

