どうも村田です

その年に採れた
お米を天照大神
(あまてらすおおみかみ)
に捧げて感謝する
お祭りを行うこと
なのだ。
皇居で行われている
そのお祭りを「新嘗祭」
と言い、
伊勢の神宮でも
1ヶ月ほど早いのだけれど、
その祭りが行われていて、
それを「神嘗祭」と言う
わけなのだ。
このことを言い換えると、
日本の神話は単に書物の
中に書かれているだけ
ではないのだ。
今も天皇陛下や日本各地
の神主たちによって毎年
実践されているということ
なのだ。
生き続けている
というわけなのだ。
随分前だけれど、
平成16年にギリシャの
首都アテネで
オリンピックが開かれた
のだ。
この時、伊勢神宮のある
三重県伊勢市出身の
野口みずきさんが
女子マラソンで優勝した
のだ。
このアテネには
パルテノン神殿という
遺跡があり
これは、古代にアテナ
というギリシャ神話の
女神を祭っていたところ
なのだ。
野口みずきさんは
伊勢神宮のお守りを
トランクスに付けて
走っていて、
勝負どころで触って
スパートしたと
言われているけれど、
天照大神
(あまてらすおおみかみ)
とアテナという2人の
女神に祝福された女の人
だと言えるかもしれない
のだ。
この、アテナを祭って
いたパルテノン神殿
というのはどういう
経緯を経ているのか
というと、まず
紀元5世紀にキリスト
教徒の侵入をギリシャが
受けるのだ。
その結果として、
パルテノン神殿から
アテナの像は取り
除かれて、
何とキリスト教の教会
にされてしまいまう
のだ。
それから15世紀には、
今度はトルコに占領されて、
イスラム教の寺院に変え
られてしまうのだ。
さらに17世紀後半には、
ベネチアとトルコの
戦争で破壊されて、
廃墟になってしまって
いるわけなのだ。
つまり、ギリシャの神話
は書物の中に残っている
だけで、神殿は廃墟で、
そこにかつて祭られて
いた神様はいないし、
それを祭っていた人々
もいないのだ。
ところが、同じく女神
を祭っている日本の
伊勢神宮は、
建物の構造そのものは
木と草という非常に
もろくて壊れやすい素材
からできているにも
かかわらず、
そこでのお祭りは
絶えることなく、その
神々に連なる皇室も存在し、
その神話を記録した書物は、
少し勉強すれば今の日本人
でも読めるという状況に
なっているわけなのだ。
つまり、
「神話は生き続けている」
というふうに言えるのだ
と思うのだ。
ちなみに、伊勢神宮では
20年に一度の式年遷宮と
いうものが行われている
のだ。
この式年遷宮の意味
というのはさまざまに
語られているけれど、
これも面白いのは、式年遷宮
が始まった時には、すでに
奈良に法隆寺があるのだ。
法隆寺は世界最古の
木造建築なのだ。
つまり、1000年以上に
わたって立ち続ける
木造建築を造る技術が
あったのだ。
一方でその技術が
ありながら、他方では
20年に一度神殿を造り
替えるのだ。
例えば、伊勢神宮の
建物の特徴は「掘立柱」
と言って、
礎石を置かないで地面に
直接柱を立てるので
当然腐りやすいし、
かやぶきの屋根も腐って
しまうから、そういう形を
維持するために、
20年に一度造り替える
という方式をその時に
考え出すのだ。
行ったことのある人は、
伊勢神宮の建物を
どういうふうに見たのか
は分からないけれど、
基本的には弥生時代
の高床式倉庫なのだ。
だから、倉庫群なのだ。
倉庫群の中に、もともと
何が納められていたか
というと、稲なのだ。
人間の命を保つ神聖な
食物の納められていた
蔵が、神様が
いらっしゃる神殿に
変わっていくわけ
なのだ。
伊勢神宮のお祭り
というのは「庭上祭祀」
と言って、今でも庭の
上でやっているのだ。
普通の神社のお祭りは
社殿の中でやっているけれど、
伊勢神宮では庭上祭祀なのだ。
しかし、実は古代は
「床下祭祀」と言って、
高床式倉庫の床に神籬
(ひもろぎ)を立てて
やっていたのだ。
それがもともとの原型に
なるが、その形がずっと
維持されているのだ。
「なぜそんなことを
したのかな」という
ことを考えると、
1つは技術の問題だ
というわけなのだ。
一度建ててしまったら、
もう修理する必要がない
ようなものは技術が
伝わらないのだ。
「ワンジェネレーション30年」
と言うけれども、やはり
古代の人間の年齢や寿命
などを考えると、
20年に一度、親が子に
技術を伝えていくと
いうことがいいサイクル
だったのだと思うのいだ。
だから、その時の技術
などがずっと残っている
のだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

