どうも村田です

ポツダム宣言という
形で有条件降伏を出す
のだ。
最初の案では、
「天皇の地位を保障する」
ところまで書いてあった
のだが、
さすがに
「これだけ勝っているのに
、そこまでは言えない」
ということになるのだ。
では、その段階でどう
表現するかということ
なのだが、
今まで「無条件降伏」
と言ってきたのに、
「無条件降伏」
という言葉を
下げるわけにはいかない
ので、その対象を日本国
政府から日本国軍隊に
変えるのだ。
だから、日本国軍隊は、
負けた後は何をされても、
解体されても文句は言えない
という状況なのだ。
そのことを、出た瞬間に
日本の外務省などは
読み取るのだ。
だから、
「これで有条件降伏に
なったので、降伏しても
大丈夫だ」と、
そういう情報が昭和天皇
には入っているわけなのだ。
その前提があっての
ご聖断なのだ。
天皇の地位が不明確だった
ので、そこを確認する
という作業が必要になった
ということなのだ。
だから、この経緯の中に
「日本の宗教というもの
が戦争の原因だから、
それを改造する」
などということは
書いていないわけなのだ。
「書いていないことは、
受け入れた側の有利に
解釈するのが当然だ」
ということを、
アメリカの国務省でも
ポツダム宣言を分析して
言っていることなので、
当然それに関しては反論
していけることなのだが、
無条件降伏ということを
頭に刷り込まれている
日本人は、
それがおかしいことだ
と思えないのだ。
おかしいことだと
思えないように、
占領政策を持って
いったわけなのだ。
どういうことかと
いうと、日本が
ポツダム宣言を受け
入れて、
アメリカ軍が進駐して
きて、完全に日本が
押さえられて軍隊が
解体された後で、
アメリカは、日本を
占領していた
マッカーサー司令官に
「日本は無条件降伏
したんだ。あなたは
日本国政府と交渉する
必要はない。
あなたは絶対的な
権力を持っている」
と言い、
マッカーサーもそう
宣言するわけなのだ。
それを
「おかしいじゃないか」
と言った
外務省の萩原さんという
条約局長がいるのだが
も追放されてしまうのだ。
完全に軍事力で押さえ
られた後に言論を封殺されて、
それでもものを言う人たち
は職場からどんどん追い
出されていくのだ。
「ウォー・ギルト・
インフォメーション・
プログラム」
と言い、
政治家も、マスコミも、
教育も全部押さえられて、
物語として
「あなた方は無謀な戦争を
して、無駄に血を流して、
何物も獲得せずに負けたんだ。
それはあなたたちが
不道徳なことをしたから
なんだ」
ということを
教育や東京裁判という
裁判を通じて、日本人の
頭に刷り込んでいくわけ
なのだ。
これはある意味で、
占領中は戦争中なので、
それを軍事作戦として
アメリカ側や連合軍が
やったことそのものは、
彼らの利益のために
やったわけだから、
それはそういうものかな
というふうに思うのだ。
ただ、問題なのは日本人の
側の方にあって、
「あれは軍事作戦だったんだ」
というふうに捉えられない
ことなのだ。
「戦争が終わった後に、
まだ日本にいてくれて、
日本のためにいいことを
してくれたんです。
それに対して文句を
言っちゃダメです」
みたいな精神構造に
日本人がなっている
ということの方が
はるかに問題なのだ。
だから、ここを考え直す
1つのきっかけとして、
「日本とアメリカの戦争が
終わったのは昭和20年
8月15日じゃないよ」
ということは、
みんなの記憶の中に
しっかりととどめて、
「まだまだ占領中は
戦争中だったんだよ」
ということをしっかりと
覚えておく必要があるのだ。
ついでに言うと、
「靖国神社に何で戦犯が
祭られているんですか?」
「靖国神社って戦争、
戦闘で亡くなった人たち
を祭っている神社ですよね。
何でアメリカに処刑された
人たちがそこに祭られて
いるんですか?」
という意見があるのだ。
確かに、一見すると
おかしいのだ
アメリカとの戦争が
昭和20年8月15日に
終わっているなら、
その後に処刑された
人たちを靖国神社に祭る
ということは理屈が
合わないのだ。
これも、
昭和20年8月15日に
戦争が終わったと思って
いるからで
戦争が終わったのは
昭和27年ということに
なると、
あの「戦犯」と言われる
人たちはどういう人たちか
というと、
アメリカの軍事作戦に
よって死に至らしめられた
人なのだ。
つまり、それは戦死と
いうことで祭られている
のだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

