どうも村田です

次に「召集と訓練の方法」
だが、ここでは軍隊の
暴力と残忍さ
についての印象づけが
行われているのだ。
たとえば、
「訓練において、
兵士の肉体と精神を鍛え、
どの階級であれ兵士たち
に名誉ある死へと
備えをするために、
暴力は日常的に行われて
いたようである。」
「作戦」では
特攻作戦の採用に
ついて語られている
のだ。
それは、昭和19年10月
のレイテ沖海戦、これは
軍艦の損耗から
日本海軍の最後の
組織的な艦隊戦と
なった戦いだが、
栗田艦隊のレイテ湾
突入を支援するために、
最初の航空特攻が実施
されたのだ。
この作戦を採用した
海軍中将大西瀧治郎の
判断について、
ケスレー氏は次の
ように書いているのだ。
「もはや通常の戦争の
方法では不十分であり、
敵は着実に日本列島へ
迫りつつある。
ここで何としても
食い止めるための
新たな手段が必要
だった。
大西の考えは、若き
零戦の操縦士たちを
訓練し、
250キロ爆弾とともに
アメリカ艦船の甲板に
突入させるというもの
であった。
こうして日本は、
自国の若者を戦争へと
投じることとなった。
これらの若き操縦士の
死が、予期されている
敗北を覆すことはない
としても、
少なくとも将来的に
アメリカを交渉の場へ
引き出し、
帝国の利益を守る一助
となるかもしれないと
考えられた。」
「この新たな戦術が
戦局を変える可能性は
低いことを、大西自身
も理解していたようだ。
しかし、それでも彼は、
この戦術が敗北に
引き続きかねない
精神的崩壊から祖国を
救うかもしれないと
考えていたようだ。」
ここでケスレー氏は、
「少なくとも将来的に
アメリカを交渉の場へ
引き出し、
帝国の利益を守る一助
となるかもしれないと
考えられた」と、
さりげなく書いているが
しかし、角田和男
『修羅の翼』
を読んでいない彼は、
自分の発言に含まれて
いる重大な意味に
気づいていないのだ。
角田(つのだ)は、
昭和19年10月29日、
特攻隊の直掩機を
命じられたのだ。
「直掩機は敵機の攻撃
を受けても反撃は一切
してはならぬ、
爆装隊の盾となって弾丸
を受け、爆装隊に対する
敵機の攻撃を阻止すること。
戦果を確認したならば
帰投してよろしい」
なのだ。
翌日に出撃して、
自らが所属した
「神風特別攻撃隊・
葉桜隊・一番隊」
3機の戦果を確認して
帰投したのだ。
それ以来、爆装特攻
命じられる昭和20年
8月14日まで、直掩機の
任務を続けたのだ。
ちなみに、昭和19年8月
末ころ、後のロケット
特攻兵器「桜花」の
隊員募集があり、
所属分隊員50余名が
全員「熱望」で志願
したため、
「戦況を考えれば確かに
他に方法はないかも
知れないが、何か
割り切れない。」
とは思いつつ、
「熱望」と記して
提出しているのだ
角田が
「何か割り切れない」
と考えたのは
「一機一艦を倒せば勝てる、
と言っても、レイテ湾内の
敵艦船と味方の飛行機と、
どちらが多いか。
残るのは艦であることは
一目瞭然である」
と考えたからなのだ。
その疑念が解ける日が
来るのだ。11月下旬、
ダバオの基地で、
参謀長・小田原大佐は
「私にだけ話されたこと
であるが、私は長官ほど
意志が強くない。
自分の教え子が妻子まで
捨てて特攻をかけてくれ
ようとしているのに、
黙り続けることはできない。
長官の真意を話そう。」
と前置きして、
角田に大西中将の真意
は次のようなものだと
明かしたと言うのだ。
「軍需省の要職にいた
大西長官は、彼我の格差
から、戦闘はあと半年
しか継続できず、
早急に講和しなければ
ならないと考えている。
何とか7-3で講和したいが、
そのためには一度、敵を
レイテから追い落とす
戦果を上げる必要がある。
そのための特攻作戦だ。
本土決戦となれば
アメリカは恐ろしい。
インディアンインや
ハワイの歴史をみれば
分かる。これは自分
だけの判断でなく、
海軍大臣と高松宮の
了解を得ている。しかし、
今の東京の状況では、
講和など言い出せば、
内乱になって敵を利する
ことになりかねない。
その決断ができるのは
天皇陛下だけだ。
極めて困難ではあるが、
この必死に戦いを
お聞きになって天皇
は戦いをとめて下さる
と信じる。
国が亡びようとする時に
身を以てそれを防ごうと
した若者たちがいたこと、
その真情を汲まれた
天皇陛下が戦争を
止められたこと、
それが歴史に残れば
日本は復興する。
しかし、このことが
万一外に洩れて、将兵の
士気に影響をあたえては
ならぬ。
さらに敵に知れては
なお大事である。講和の
時期を逃がしてしまう。
敵に対しては飽くまで
最後の一兵まで戦う気魄
を見せておらねばならぬ。
敵を欺くには、まず味方
よりせよ、という諺がある。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

