どうも村田です

「アメリカに任せて
おけばいいんだ」
という形で
自主外交は完全に
不可能になるのだ。
この話は記憶に
新しいと思うが、
湾岸戦争はそうだった
のだ。
ショー・ザ・フラッグ
と言われてフラッグを
見せるか見せないかと
ごたごたして、
結構何もできなくて
お金だけ払ったわけ
なのだ。
お金だけ圧倒的に払った
のに、有名だけれど、
クウェートが日本に
対して
何の感謝状も送ら
なかったのだ。
その時にショックと
なって、それは
そうだろうと思うのだ。
そこからようやくPKO
だから、PKO議論が
始まるのだから、
それぐらい私たちは
ごたごたし、自主的な
外交は不可能になるのだ。
アメリカに付いていく
しかなくなるのだ。
そしてイラク戦争も
そうで、何の大量
破壊兵器の証拠もない
のに、
ドイツとかフランスは、
イラク戦争は少し二の足
を踏んでいるわけなのだ。
なのに、日本はどうか。
すぐ手を挙げて
「行きます」
みたいな。
あの時にわれわれは
西部邁(すすむ)を
中心に
「いや、あれ違うんじゃね」
と言っていたのだ。
もうアメリカに自動的
に付き従うしかない
状況になったわけなのだ。
そのうえで利益の体系も
アメリカに付き従う
しかないから
米国に抵抗できない
日本はプラザ合意後、
対等な交渉ができない
から奪われ続けるのだ。
そのことによって、
年次改革要望書の
もとに郵政改革も
されるわけなのだ。
それでアメリカと
日本のつなぎ役の
パイプが竹中平蔵
みたいになるわけ
なのだ。
こういう感じ
では価値の体系は
どうなのか、
平和主義だけ唱えて
きた日本は、自らの
価値観が分からない
から、
もうアイデンティティ
がなくなって、どうして
いいのかさっぱり
分からないという
ことになるのだ。
しかも重要なのは、
だからこそ奪われ
続けているのに
「平和主義、平和主義、
平和主義」と言っている
から、
むしろリベラル左翼の
方がお花畑と言われた
のだ。
だから皆さん記憶が
あると思うが、1980年代
までは朝日、毎日の、
あれはお花畑なんか
言われていないのだ。
いつからお花畑と
言われたのか。
1990年代以降なのだ。
ということは、
その時に初めて
平和主義のリアリティ
がなくなったわけなのだ。
けれど、それしかない
から平和主義しか
こちらは言えないのだ。
バカみたいな話
なのだ。
そうすると、ここの
話で、米ソの
エアポケットで
非武装中立を気取る
ことが不可能になって
いるから、
リベラル左翼の
賞味期限が先に
来たのだ。
それで、バブル崩壊
と湾岸戦争、
「普通の国」
への道をどうにか
して政治改革で立とう
とするのだけれど、
しかしながら、その
政治改革にならなかった
のだ。
これは新進党からまた
自民党に移っていく
までの流れなのだ。
憲法改正を彼らは
みんな言っていたにも
かかわらず、
憲法改正は1ミリも
できないということ
が続いたのだ。
そして2010年代から、
これはまさに私たちの
時代で
私たちの時代は
どうなのか。
米国覇権がついに
終わるのだ。
つまり、今まで力の
体系はアメリカに
任せておけばよかった、
なぜかというと
超大国だからなのだ。
その超大国が
「普通の国になりたいかも」
と言い出すわけなのだ。
アイドルみたいに
「普通の女の子に戻りたい」
みたいなことをアメリカが
言いだすのだ。
さあ、米国覇権が
終わると同時に
グローバリズムが
襲来するのだ。
つまりアメリカ
一極集中が終わるのだ。
そうすると戦後
日本の現実主義、
親米保守もだんだん
崩壊するのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

