どうも村田です

満州事変という、
国際連盟からは
指弾されるような
ことを普通にしだす
のだ。
しかもそれは
自分たちの身を
守るために、
そして自分たちの
身を守るとは何か
というと、もちろん
資源なのだ。
この国は資源が
ないから、誰からも
輸入することが
できなくなる可能性が
あるので、
自分たちで資源地を
確保しなければ
いけないという
焦燥感のもとに、
この満州事変を
起こすわけなのだ。
つまりここから
ブロック経済、あるいは
保護貿易が始まるわけ
なのだ。
さて、その時に、
もう世界に基準を
置くわけにはいかない
のだ。
ヨーロッパが正しいと
いう話でもないし、
アメリカが正しいと
いう話でもないから、
自分たちの足元を
見つめなければいけない
のだ。
その時に、もう1つの
事件が起こるのだ。
世界的な理論である
ところのマルクス主義が
終わるのが昭和8年
なのだ。
きっかけは小林多喜二の
虐殺と共産党幹部の
佐野学と鍋山貞親の転向
声明が獄中から発される
のだ。
一連の流れも詳しく
見るとすごく面白いのだ。
この獄中声明、この
転向声明を読むと一瞬で
分かるのだ。
東亜新秩序、そして
大東亜共栄圏につながる
ような話をもうここで
やっているのだ。
しかもマルクス主義者が
やっているのだ。
つまりマルクス主義
というのは、聞こえは
いいかもしれないが
「世界同時革命、
労働者のための革命だと
言っているけれど、
そんなきれい事でいいのか」
と彼らは言い出すのだ。
「もうすでに時代は
満州事変が起こっている。
そして今目の前で苦しんで
いる日本人がいる。
これを救えなくて、
何がマルクス主義だ」
となるのだ。
ではどうするかというと、
その時に
「天皇を中心とした
一国社会主義によって
私たちは革命をなすんだ」
と言い出すのだ。
一国社会主義、つまり
国家社会主義なのだ。
ナチスも国家社会主義者
だが、ナチスの国家社会
主義者と同じようなことが
ここで起こるわけなのだ。
そしてその声明を聞いた
人たちが、マルクス
主義者たちが
「そうだ、そうだ」
と言わんばかりに、
あるいは
そのままいったら
虐殺されるかもしれない
という恐れの中で、
マルクス主義運動、
あるいは
プロレタリア文学運動
が崩壊するのだ。
1年のうちに
3分の1から2分の1
は転向したというふうに
言われているのだ。
そして同時に日本が
国際連盟を脱退している
のだ。
グローバリズムを
足で蹴ったのだ。
高市早苗とは
言わないけれど
しかし、もう今で
いうところのある種
参政党的なものが、
つまり覇権を握るという
状況だと思ってもらえば
いいのだ。
その時にちょうど
小林秀雄が、同じ時に
『故郷を失った文学』
という文章を書いている
のだ。
タイトルも時代的で
彼はこういう言葉を
残しているのだ。
「不安」
という言葉なのだ。
「私の心にはいつも
もっと奇妙な感情が
つき纏(まと)って
いて離れないでいる。
言ってみれば東京に
生れながら東京に生れた
という事がどうしても
合点出来ない。
又言ってみれば自分に
は故郷というものがない、
というような一種不安な
感情である。」
不安とまさに
言っているのだ。
「私の心なぞは年少の
頃から、物事の限りない
雑多と早すぎる変化」
つまり近代化の波なのだ。
「早すぎる変化のうちに
いじめられてきたので、
確乎たる事物に即して
後年の強い思い出の内容
をはぐくむ暇がなかった
と言える。」
そして
「(ドストエフスキイの
『未成年』に)
描かれた青年が、
西洋の影響で頭が混乱して、
知的な焦燥のうちに」、
知的な不安のうちに
「完全に故郷を見失っている」
故郷というのは
宗教心、自分の立つ位置で
その自分の位置、居場所を
「見失っているという点で、
私たちに酷似しているのを
見て、他人事ではない気が
した。」
つまり、ここで故郷を
失っている自分の基盤がない、
自分の信仰心がない、
価値判断の基準がない、
そう小林は言っている
わけなのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

