どうも村田です

戦後70年、80年に
なっていくと
どういうことになるか
というと、
生き残りがもうこの
世からいなくなって
いき
いたとしても、病院で
寝たきりになるのだ。
そうなると、特攻文学
の登場人物としては
存在感がかなり薄く
なってきて、
その意味でも文学の
中からも、かつてで
あれば死んだ戦死者と
今をつなぐのが生き残り
なのだが、生き残りを
媒介とした物語ではなく、
生き残りを媒介としない
特攻文学にだんだん
なっていくのだ。
特攻隊というのは創作上
のコンテンツなので、
これからも作られ続ける
はずだが、
おそらく生き残りの登場
はこれからなくなって
いくであろうと思うのだ。
次に、同じ創作特攻文学
の中なのだが、生き残りが
いなくなっていくのだ。
いなくなった時にどんな
文学になるのかだが、
タイムスリップを使うのが
1つ定番の特攻文学
としてあるのだ。
2023年の12月公開、
『あの花が咲く丘で、
君とまた出会えたら。』
これは『ゴジラ-1.0』
よりもおそらく若い女性
向きなのだ。
映画化され、これが
まさにタイムスリップで、
映画版だと現代の
女子高生が1945年、
昭和20年の
おそらく知覧と思われるが、
特攻基地のある町に
タイムスリップするという
話なのだ。
そこで出会った特攻隊員
と恋に落ちるという話
なのだ。
このパターンという
のはずっと前からあり、
古くは今井雅之さんの
『WINDS OF GOD』で
今井さんはもう亡く
なられたけれど、
ずっと舞台でこの
『WINDS OF GOD』
を上演して、
これが映画化され、
テレビドラマ化される
ということで、
特攻文学の中もすごく
古典みたいなものなのだ。
これも、もう30年以上
経っているのだ。
『WINDS OF GOD』
は現代の若い漫才師
2人組が1945年、
昭和20年の、海軍だった
と思うけれど、海軍の
特攻基地にタイム
スリップするのだ
今度はタイムスリップ
したら自分たちが特攻
隊員だったという設定
なのだ。
だんだんその特攻出撃の
時間が迫っていく中で、
現代の意識を持ちながら、
どういうふうに特攻隊員
としてその現実に向き合う
のかというのがすごく
見どころなのだ。
漫才師2人組の1人は
ずっと現代の意識を
持ち続けているから、
このまま出撃せずに
頑張ったら戦争が終わる、
そうなったら
もうこんな特攻作戦
なんかもなくなるから、
できるだけ時間を稼いで
出撃しないようにしよう
と思っているのだが、
もう一方の相方が
だんだんと意識が当時の
価値観になっていくのだ。
現代の価値とかつての
過去の価値が行ったり
来たりしながら、
相方が
「自分は特攻隊員
として出撃します」
というのを押しとどめ
ようとするという
ストーリーなのだ。
だんだん物語が終盤に
なっていくに従って緊迫
してくるのだ。
この後どうなるのかは
ぜひ読んでいただきたい
のだ。
タイムスリップはSFの
設定だが、ことその
特攻文学の中で
タイムスリップを使うと
いうのはすごく現代の
意識を持った若者が
過去の個体と出会った
時に一体何が起こるのか、
文学としても実験的な
設定なのだ。
いろんな作品が作られて
いるけれど、そこから
起こるドラマは
本当にどれも面白くて、
考えさせられるのだ。
挙げたのはその中の一部
だが、基本的にタイム
スリップを使うと、
生き残りを媒介と
しなくてもいいのだ。
つまり、特攻隊の記憶を
現代に伝える生き残りが
必要なくなるのだ。
実際、
『あの花が咲く丘で、
君とまた出会えたら。』
の作品の中に、
特攻隊の生き残りは出て
くるのだが、ほとんど
物語に影響を与えていない
のだ。
ということで、創作
特攻文学は知っている
戦争文学のイメージを
ガラッと変えるような、
何か独自の世界観、
それから歴史を題材に
取りながら、知覧という
場所や遺書から直接心の
中に飛び込んできたような、
あの感じを物語として
展開させていくのだ。
これは歴史というよりは、
特攻隊を題材に独自の
世界観をこういった
作品群を通して作って
きたのではないのかなと
思うのだ。
戦後50年からもう30年、
大体平成期を通じて創作
と文学というジャンル
全体で
作ってきたということは
言えると思うのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

