どうも村田です

この間、車中で
純朴その物な村の
年寄りの一団と
乗り合せました。
耳傾けるともなく
それらの人々の語り
合っている話に耳傾けて、
私は皇国日本のための
心中、泣きに泣かざるを
得なかったことが
ありました。
その老人達が何を
語り合っているかと
申すとこんな話を
していたのです。
「どうせならついでに
早く日米戦争でもおっ
ぱじまればいいのに。」
「ほんとうにそうだ。
そうすりゃあ一景気来る
かも知らんからな、
ところでどうだい
こんなありさまで
勝てると思うかよ。
何しろアメリカは大きいぞ」
「いやそりゃどうか
わからん。しかし日本の
軍隊はなんちゅうででも
強いからのう。」
「そりゃ世界一に
きまっている。しかし、
兵隊は世界一強いにしても、
第一軍資金がつづくまい」
「うむ…..」
「千本桜でなくとも
とかく戦というものは
腹がへってはかなわないぞ」
「うむ、そりゃそうだ。
だが、どうせまけたって
構ったものじゃねぇ、
一戦争のるかそるか
やっつけることだ。勝てば
もちろんこっちのものだ、
思う存分金をひったくる、
まけたってアメリカなら
そんなひどいこともやるまい、
かえってアメリカの属国に
なりゃ楽になるかもしれんぞ」
私は実にこの純朴な
老人の言を聞いて全く
自失せざるを得なかった
のだ。
みなさまどうです。
ここまでくればもう
何もかもない。
そして失礼だが
みなさまは高禄を
食んでいられるから
世の実情に少なからず
遠ざかっておいでに
なるだろうとご推察
申し上げますが、
前に私は農家経済の
解剖を試みまして
ご説明申し上げた
ところでほぼおわかり
だと信ずるが、上の
ような恐るべき言を
農村の老人の口からまで
聞かねばならん事実を
決して根拠なしと申す
ことはできないのです。
衣食住は人間生活の
根本です、その如何に
よって並の人間は菩薩
にもなれば、狼にもなる。
(『日本を救う農本主義
「- 日本愛国革新本義」
「第3篇第1章
西洋資本主義唯物文明の
超克と日本愛国同胞主義」
より抜粋)
戦後の日本は、アメリカの
属国になることで安定を
得るべきだという考えも
一部には存在しているのだ。
実際、1931~1932年ごろ
の茨城県の貧しい農民の
お年寄りたちが生活に
追い詰められ、
希望を失いながらも、
戦争で金儲けができれば
状況が変わるかもしれない
というふうに
(農民たちが)考えて
いたことが朗読箇所にも
あらわれているのだ。
結果的に、戦後の日本は
アメリカの属国となって
防衛を任せる代わりに、
軍事費を経済生活に
振り替えられるように
なったため
高度経済成長を遂げた、
と理解できるのだ。
確かにそうで橘氏が
訴えた問題が、そのまま
放置されてしまったのだ。
繰り返しになるが
この講演は、海軍軍人を
対象におこなわれたもの
であるのだ。
海軍の仮想敵国は
日露戦争後一貫して
アメリカであり、
霞ヶ浦航空隊を中心と
する海軍士官たちは、
アメリカに勝つためには
航空戦力が重要である
と考えていたのだ。
その場で橘氏は、仮に
アメリカに敗れても
酷いことはされず、
むしろ属国になるかも
しれないという、茨城の
農民の言葉を紹介したのだ。
聴衆(茨城県の霞ヶ浦航空隊)
の地元農民の意見として
語ったのだ。
さらに橘氏は皮肉を込め、
海軍将校は高給取りゆえ
世間の実情から遠ざかって
いるだろうと推察すると
述べたのだ。
この発言は橘氏の口調に
よっては相当な嫌味とも
受け取れるものであった
のだ。
『日本愛国革新本義』
は、日本の将来を真剣に
考えた重要な問題提起を
含む著作であるのだ。
しかし、この内容が
GHQにとって不都合と
みなされて焚書の対象
となったのであろうか。
はたして、その理由は
何であったのか。
GHQが本書を没収対象
としたのは、戦後
日本の国民に読ませる
べきでないと判断した
ためであるのだ。
ただし、その選定は必ず
しも厳密ではなく、
橘氏が右翼であり、
五・一五事件を起こして
軍国主義の流れを作った
人物の一人とされたことが
大きいと思われるのだ。
橘氏の著作はほかにも
多数あるが、没収対象と
なったのは本書のみで
あるのだ。
このことから、GHQが
彼の思想内容そのもの
を深く分析して警戒
したとは考えにくく、
むしろ事件に関与した
著名な右翼、すなわち
「テロリストの著作」
として忌避された結果、
本書がリスト入りした
と推察されるのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

