どうも村田です

徳川家康はどうだったのか、
これを盛んに言われる人が
いるのだ。
「家康の不自然な日程」
と書いたのだが、少し見て
いくのだ。
この史料は正しく
「5月15日に穴山梅雪」、
この人は武田信玄の家臣だった
人なのだ。
穴山梅雪と共に安土に至って
いるのだ。呼ばれたのだ。
穴山梅雪は武田の臣でありながら、
最後は織田、徳川方に付いた人
なのだ。
そして、信長は
「穴山も来いよ」
ということで、一緒に行った
わけなのだ。
1週間後の22日、信長の勧めで
京阪を周遊するのだ。
京に滞在し、その時には、
長谷川秀一という信長の家臣が
先導役で就いているのだ。
先導役というのか、
「見張り役だったのかな」
と思っているのだが、どうも
そうではないのだ。
非常に人の良い案内をしてい
るわけだが、ただどういう訳か、
そこから1週間、29日までずっと
京都に留め置かれたのだ。
この京都に留め置かれた場所が、
茶屋四郎次郎邸なのだ。
茶屋四郎次郎というのは、
徳川の家臣で
「最初から京都の豪商だ」
と言う人がいるが、この人は
岡崎市の中島生まれなのだ。
岡崎市の一番南の方の村で
生まれているのだ。
そして、三方ヶ原の合戦や
長篠の合戦にも中島姓で参戦
しているのだ。
それ以降
京都で資金を預かりながら、
呉服商を開きながら、京都の
様子を探って、
要するに
「家康のもとに連絡をせよ」
という諜報(ちょうほう)員、
スパイの役をしていたのだろう
と思われるが、 それは京都で
羽振りよく、商いも非常に上手に
やっていたようで、
名前も茶屋四郎次郎という、
それらしい名前にして頑張って
いたわけなのだ。
彼の屋敷に逗留(とうりゅう)
したのだ。
これは家康が多分選んだと
思うが、実は茶屋四郎次郎邸に
行き、そこから歩いたのだ。
200メ ートルと少しで、
そこに信長が殺された
本能寺があるのだ。
すぐ目の前なのだ。
そこに彼は1週間
逗留(とうりゅう)しているのだ。
「京都にいる間に彼は何を
やっていたんだろう」
と思うけれど、
家臣たちも最初の1日、2日は
珍しいだろうが、しかし、後は
おそらく公家さんたち相手の
お茶会ばかりなのだ。
これも
「もういい加減にしてくれ」
という感じになるのではないかと、
個人的には思うのだ。
行きたかったのは、
京都ではなく堺で
堺は当時日本では屈指の貿易港
なのだ。
何を目指していたかというと、
鉄砲なのだ。
「これからはたくさんの
鉄砲がいるだろう」、
そんなことは家康も分かって
いたのだ。鉄砲と黒色火薬なのだ。
黒色火薬のうち、当時はまだ硝石で
硫黄もそんなに採れてなかったと
思うが、
ほとんど日本では生産されて
いなかったから、それを大量に
買い付けるということを信長は
やってのけたのだ。
家康はそれを見ているから、
自分のところも信長から分けて
もらうのではなくて、
堺の商人と直接交渉して大量の
鉄砲や火薬を手に入れたかった
のだ。
こんな狙いは必ずあったと思う
のだが、家康は29日に京都を
出立しているのだ。
この日の早朝、朝早くに出て
いるのだ。
ところが、この日の午後に信長が
本能寺に入ってきたのだ。
つまり、入れ替わるように
出ていったのだ。
逃げるように出ていっ た
ということなのだ。
「信長が来るのも分かった。
だから急いで出ていった」
そんな感じではなかっ たのか
と思うのだ。
そして、ここで5月29日の
次が6月1日になっているが、
この当時は和暦で小の月で
小の月というのは、29日まで
しかないのだ。
大の月というのが30日までで、
4年に1回、ある月が2回来る
年があるのだ。
だから、この時の5月29日は
小の月で、翌日が6月1日
なのだ。
29日の早朝に堺に出立、
夕方には堺に着いているのだ。
そして、堺でお迎えを受けた
今井宗久、津田宗及、松井友閑
たちから茶の接待を受けるのだ。
また堺でも茶の接待を受ける
わけなのだ。
夕方に着いて茶の接待、翌日も
茶の接待ということになり
その次だが、
「いよいよ鉄砲鍛冶の
街を回るだろう」
と普通は思うのだが、
この時の家康の足取りをずっと
細かい史料で見ていくと、
翌日の早朝にはもう堺を出ている
のだ。
行きたかった堺に行って、
この堺の商人たちから茶の接待
を受けただけで、
翌日早朝に出て、
もう帰るのだ。
しかし、「帰る」と言わないで、
「京に行く」 と言ったのだ。
「京に行って、信長様に
ごあいさつをしてから三河に帰る」
と言っているのだ。
そうやって、途中の飯盛山山中
で本能寺の変を知ることになる
のだ
これを読んだ時に、
「何て不自然な日程なんだろう」
と思うのは、きっと私だけでは
ないと思うのだ。
だから、この辺の事実から、
次にどんなものが見えてくるのか、
家康について探っていきたいと
思ったわけなのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

