どうも村田です

空白になった瞬間、
どうなるのか。
これも少し面白い
のでご紹介したい
のだが、
ただし、戦後はこれで
良かったのだ。
本当にそれがうまく
いった、いやらしい
ほどにうまくいった
と言っていいであろう。
これを考える時に私が
いつも出すのは、
高坂正堯(まさたか)
さんの
『国際政治』
から議論を導き出す
のだが、高坂さんの
話はこうなのだ。
国家を定義する非常に
簡単で簡易な手順なのだ。
「国家は力の体系であり、
利益の体系であると同時
に価値の体系である」
言い直すとつまり、
力と利益と価値、
これが調和するような
国家になると、
その国家はうまく回る
と言っているわけ
なのだ。
さて、そのレベルで
今言ったことを見て
みるのだ。
力の体系がどうなったか、
安全保障問題に改憲では
なくて、日米安保で対応
するのだ。
それが戦後日本を
つくったのだ。
ということは、
対米協調路線なのだ。
これ自体はいいが
「対米協調路線を
やったんだな」という話
なのだが、
そうなると自動的に何が
付いてくるか、利益の
体系がついてくるのだ。
アメリカさんに力を
任せると、アメリカは
「そうかそうか」
といって、アメリカの
庇護下で自由市場が
手に入るのだ。
アメリカは全部軍事的
に守っている自由市場
の中で、
ブレトン・ウッズ体制で、
物が自由に売れるのだ。
しかもその時は日本に
対して、
「おまえさんたち、
ちょっとひいきしてやる、
何でかというと日本を
富まさないといけないから」
ということで
1ドル350円が保証
されるのだ。
これが1970年初頭まで
続くのだ。ぼろもうけ
なのだ。
圧倒的円安なのだから
すると産業で復興する
わけだから、産業政策が
全部回るのだ。
そうすると輸出大国
になるのだ。
だから利益の体系が
付いてくるのだ。
利益の体系がついて
くると同時に、力の
体系をアメリカに
任せておくと、
偽物だけれどきれい
ごとが言えるのだ。
つまり、敗戦で多くの
犠牲を払った、その
犠牲によってまかなった
平和主義を私たちは
アイデンティティと
すればいいのだ。
「だから私たちは自衛隊、
それを強化しない。
どんなに強化しても
GDPの1%までに
とどめるんだ。
それでいいんだ。
それこそが私たちの
生き方なのだから」
と言って、
平和国家日本を達成
したと思っていたのだ。
これは分かると思う
のだ。全部調和したのだ。
だから、冷戦期は力の
体系と価値の体系を
棚に上げて
利益の体系に集中
することができたし、
集中したとしても
価値と力の体系で
矛盾が出なかったのだ。
そのことによって、
私たちは高度経済成長
へ向かうことができた
のだ。
さて、これがのちのち
崩れていくのだ。
どこで崩れるかと
いうことを先に言うと
これがポスト冷戦期、
つまり冷戦が終わった
後なのだ。
少しここら辺は省略するが、
冷戦が終わった瞬間、
アメリカはどうなったか。
アメリカはもう日本を
庇護国としては
見なくなったのだ。
だってそうでソ連から
守る必要がないのだ。
むしろ中国がすごく
経済成長するから、
中国と組みたいとさえ
当初のアメリカは思って
いたのだ。
すると日本に対して
競争相手になってくる
わけなのだ。
競争相手になった瞬間
どうなるか。
もちろん利益の体系
としては微妙でつまり、
日米構造協議と
年次改革要望書によって、
日本の市場を変えていって、
アメリカの会社が入れる
ようにしていくわけなのだ。
さて、そのときに
私たちはどういう
形で崩れていくか、
まず力の体系、これは
崩れないのだ。
何でかというと
アメリカが超大国だから、
まだ力があるのだ。
軍事をアメリカに
依存した日本は、
自主外交は
「だからこそアメリカに
任せておけばいいんだ」
という形で自主外交は
完全に不可能になるのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

