どうも村田です

世教は2つある
儒教ともう1つが
西洋哲学なのだ。
西洋哲学を儒教と
ミックスしながら
世間の秩序を作る
べきだと言ったのは
西村茂樹なのだ。
『日本道徳論』
から影響を与え
られたのが
『勅語衍義(えんぎ)』
だとしたら、
教育勅語は徹底的に
実は世俗的な問題なのだ。
本当は宗教心的なもの
に触っているかと
思いきや、
実は圧倒的な宗教性
は認めないという
態度になっているのだ。
これがわれわれの
ある意味二重性を
作るのだ。
つまり、天皇と聞くと、
ものすごく超越的な
宗教心をかき立てられる
そこと、もう1つは、
「そうは言ったって
超越性じゃないだろう。
世間の中のやり方
なんだからそこに
合わせろよ」
というような世間的な
態度、その二重性が
天皇の中に合致する
のだ。
というか、入って
しまうのだ。
つまり、近代天皇制
というのは、この二重性、
超越的なものを匂わせ
ながら、
なお超越的なものを
抑圧する、この二重性
がどうしても出てくる
ということなのだ。
二重性が面白いのは、
実際そうなのだ。
天皇をめぐっての
説というのは常に
二重なのだ。
だから、天皇は神だ
という言い方もある
のだ。
東京帝国大学に2つの
研究室があり
これは法学部で
法学部は簡単に言うと
この国の官僚、
あるいは政治家を
出していくところ
なのだ。
そこで2つの教室が
ありその2つの教室が
何かというと、
天皇主権説を教える
教室と、天皇機関説を
教える教室なのだ。
天皇は神だと言っている
ところと、天皇は神では
ないと言っているところ
が東京帝国大学に何と
2つ、同在しているのだ。
つまり天皇主権説と
いうのは言うまでも
ないが、
天皇は国家を治める
主権者、つまり
政治的中心であって、
いざとなれば
天皇陛下自身が出て
きて政治を行う、
つまり祭政一致だと、
これこそが私たちの
理想だというのが
天皇主権説なのだ
天皇主権説を唱えて
いる人は2人いて、
穂積八束(やつか)
と上杉慎吉、
特に上杉慎吉は有名だが、
彼らが天皇主権説を
唱えていたのだ。
上杉慎吉だけ見ておくと、
こう言っているのだ。
最初は彼自身はやはり
エリートだから国家法人説、
もう少し言うと
この機関説と似たような
ことを言っているのだが、
言っていたのだが、
1910年代から天皇主権説
に転向し、その弟子に
安岡正篤、
あるいは岸信介、
こういう人を持つのだ。
安岡なんかは有名で
つまり陽明学とか儒教
を語りながら、
有名なのは何かというと、
終戦の詔勅で
「耐え難きを耐え」
という文章の内容を
書いたことで有名で
政府の中にそういう
教養を持っている人が
いないので、
安岡などはそこに相当
入っているわけなのだ。
最後の戦後においても、
彼は政治的影響力を
持っているわけなのだ。
この人はどちらかと
いうと天皇主権説側
なのだ。
まさに彼らは
初等中等教育では
権威を振るうのだ。
なぜかというと、
初等中等教育では
天皇は
現人神(あらひとがみ)
だと教えられるから
なのだ。
つまり、普通の一般人
は天皇を宗教的な理念
の中心に置くのだ。
天皇は
現人神(あらひとがみ)
だということが
一般でも教えられて
いるのでこう言われて
いるのだ。
「顕教としての天皇主権説」
と普通は言われるのだ。
つまり、表に出ているのだ。
一般的にインタビューして、
そこら辺の働いている人に
インタビューしたら、
「天皇は何ですか」
と聞いたら
「現人神(あらひとがみ)
です」
と建前で言うということ
なのだ。
だから建前は
現人神(あらひとがみ)
なのだ。
しかし、
現人神(あらひとがみ)
という形でやられて
しまうと、
秩序が持たないでしょうと、
神からこう告げられたと
言ったら、
いきなりそこで秩序が
変わってしまうので、
その秩序性よりは、
もう少し国家の中に
天皇を押し込めましょう
という話があるのだ。
顕教ではなく
天皇主権説は表では
教えられているが、
裏では天皇機関説が
教えられるわけなのだ。
裏とはどこか
エリートなのだ。
つまり一部
旧制高校と帝国大学では
天皇機関説がずっと
教えられたのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

