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一方的平和主義なんじゃ

どうも村田です

「和を持って貴しとする」、

それこそ世界の最小の

平和憲法なのだ

そして、日本の多くの

人たちは憲法第9条第2項、

「日本が軍隊を持たなければ、

日本が武装しなければ平和を

維持できる。日本が平和になる」

と思っているのだ

ここはチベットと似ている

のだ

チベットは、1642年に

ダライラマ制度の中、

第5世が特に宗教と政治、

両方のトップに立ったのだ

それ以来、約400年間、

チベットは鎖国政治を

とったのだ

そして、チベットの男性の

人口の25%ぐらいはお坊さん

結婚をしない、朝から晩まで

教典を勉強してお祈りをする、

平和を祈る、

確かにそのおかげで、

チベットは400年間戦争に

巻き込まれることは

なかったのだ。

戦争に巻き込まれることが

ないというのは、外国との

戦争に巻き込まれることが

ないということなのだ。

人間社会だから、いざこざは

常に人間の社会にあり

チベット国内でも、多少の

そういうことはその後も

あったのだ。

しかし、大きな戦争に

巻き込まれることは

なかったのだ

そして、自分たちが平和を

祈って、自分たちが外に

対して挑発しなければ国は

安泰だと思っていたのだ

日本の場合にも、

一部の人たちは

「憲法第9条があったから

こそ、戦後日本は戦争に

巻き込まれなかった」

とか言っているけれど、私は

そう思っていないのだ。

私はアメリカ軍が駐屯して

いることが、ある意味で

日本の平和を守ってくれた

と思っているのだ。

しかし、これからアメリカが

ずっと守れるかどうかは、

また別問題なのだ。

同じようにチベットも、

チベット自身が力を持った

から独立をずっと維持

できたわけではないだ。

17世紀ごろから、

ヨーロッパの国々によって

多くのアジアの国々が

植民地化されたのだ。

その中において、日本は

自立で植民地にならなくて

済んだのだ

しかし、チベットとか

タイとかネパールもそう

だが、国際関係、大国の

支援の関係の中において、

永世中立の国がクッション

として間に必要になったのだ

だから、チベットについても、

英国領インドと弱くなりつつ

あった中国、そして次の

ロシア対立との間に

チベットが存在することに

意味があったわけなのだ

チベットは、何とか独立を

守れたというよりも、

環境的に守らせてくれたのだ。

タイも同じで、今のタイの

一方においては、インドシナ、

つまりフランスの植民地と、

そしてタイのマレー半島、

ビルマまでは、

英国の植民地、英国と

フランスの間のクッション

として、タイはかろうじて

維持できたのだ。

そのような中において、

チベットは何とか独立を

守り抜くことができたのだ。

日本の場合にも、多大な

犠牲を払って国を守って

きたけれど、

戦後の日本、今日の日本は、

ちょうど侵略される前の

チベットとよく似ている

のだ

中国の場合には、軍隊を

持ってくるのが最後の

手段なのだ

その前に洗練、心理作戦で

例えば、チベットには

こういう言葉が流行ったのだ。

「テンダ アメリカ」

テンダというのは、

「宗教の敵」という意味で

「宗教の敵アメリカ。

アメリカは宗教の敵だ。

だからわれわれがその

宗教を守るのだ」と、

共産主義者がそういう

言葉を吐いてきたのだ。

多分チベット人の中でも、

そういうのを信じた

人たちがいたと思うのだ

そして、その時チベット

全土において、アメリカ人

どころか、白人は7名しか

いなかったから、

中国は

「その7名はチベットから

帝国主義者を追い出すためだ」

というようなことを言って

いたのだ。

だから、常にチベットは

国連に入ろうとする動きも

あったのだ。

しかしその時、

「国連は、キリスト教

中心の団体だ。チベットは

仏教の国だから、そんな

ところに入ったら、

われわれもキリスト教の

影響を受けることになる」

とか、

そういう心理作戦に

やられてしまったという

要素があると思うのだ

日本の中でも護憲派

という、人たちがいるが

日本の憲法の中にも

きちんと憲法改正が

できるということが

入っているのだ。

民主主義社会においては、

学校の規則も会社の場合

には会社の規約みたいな

ものも全部、

おそらく最後に必ず

「この法律、この条約、

この規則は、こういう

手続きをすれば変える

ことができる」

と書いてあると思うのだ。

それが民主主義だと思うのだ。

しかし、日本の方々は、

憲法9条を『聖書』のように

守ろうとしているのだ。

チベットも世の中が

変わって、飛行機が空を

飛ぶようになった時代でも、

私たちはまだ自分たちの

内面的な進歩を一生懸命

瞑想(めいそう)して、

一生懸命哲学して、

一生懸命宗教を勉強して、

一生懸命周りの人に対して

悪意を持たないように

しようとしていたのだ。

しかし、世界が変わり

そういう意味で、私たちは

16、17世紀の社会がそのまま

残ってしまって、

20世紀を迎えたのだ。

その一方的な平和主義が、

多分今のチベットと

日本が似ているところ

だろうと思うのだ

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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