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論じ始めるんじゃ

どうも村田です

日本および日本軍

の異常性を強調

しようとする余り、

論理が矛盾し、

事実が歪曲されて

いるのだ。

1.この時代、

軍国主義が若者を

支配していたのなら、

多くの学生が学徒

出陣に反発するはずは

ないのだ。

2.すでに述べたが、

軍人募集の低年齢化の

ひどさを言おうとして、

「予科練」や「少飛」

を持ち出しているのあが、

設置時期を見誤って

いるのだ。

3.ケスレー氏は

軍人教育についても

語っているのだが、

基本的な文献を

見ていないのだ。

例えば、広田照幸

日本大学文理学部教授

『陸軍将校の教育社会史

ー立身出世と天皇制ー』

(世織書房、1997年、

平成9年)。

この本は題の通り、

陸軍の将校教育を

詳細に研究したもので、

その結論は、

陸軍将校などの

「戦時体制に積極的に

コミットした人々」

でさえ、

その心情は

「滅私奉公」ではなく、

「私的欲求(立身出世)と

家族への孝行と国への奉公」

という

「幸福な予定調和」

を前提とする

「活私奉公」

であたった

というもので、

ケスレー氏の議論

とは正反対なのだ。

続いて第二節

「強制か志願か?」

の解説に移るのだ。

ケスレー氏は特攻隊員

は強制であったのか、

志願であったのか

の問題を取り上げて

次のように論じ

はじめるのだ。

「志願か強制かという

問題は、膨大な文献を

生み出してきた。

特定の特攻隊員が

自発的に、つまり

何の強制もなく

命を捧げる決意を

していたかどうかを

判断するのは容易では

ない。

この強制は、

(上官からの直接命令

のような)軍の圧力

だけでなく、

社会的慣習による影響

も含まれる。当時の

日本は全体主義的な

体制を敷いており、

集団が個人に優越した。

國體というイデオロギー、

その複合的な概念は

三つの主要な原則に

基づいていた。

すなわち、

①天皇を父とする

大家族への日本国民

の一体化、

②宇宙的起源を持つ

天皇家の途切れる

ことのない継承、

③優れたものとして

考えられた共通の血統

への帰属。

このため、特攻隊に

志願する自由があったか

どうかは、非常に曖昧

であった。

軍は「志願」という

形式で特攻隊員を募った

が、実際には上層部の

明確な指示がなかったため、

その募集方法は基地に

よって異なり、強制に

まで至ることもあった。

このため、特攻に関する

文献には、祖国防衛に

燃える熱狂的な姿勢を

示した事例から、

暴力的な強制に従った

事例まで、多様な状況が

描かれている。

他方で、証言の内容は、

その証言者が戦時中や

戦後にどのような立場で

あったかによって大きく

影響される。

そして、元特攻隊員ら

の証言を列挙していく

のだ。

以下強制だったとする

ものには●、志願だった

とするものには〇を

付けてみるのだ。

まずは、生存者の

浜園重義氏の証言。 

●①「彼らはこれを強制

とは見せかけず、あくまで

志願であると演出しようと

決めていた。

しかし、実際はまったくの

ごまかしだった。彼らは

「誰も強制していない、

すべて自発的なものだ』

と言っているが、それは

事実ではない。」

この証言に対してケスレー

氏は以下のようなコメント

を付けているのだ。

「こうした証言をそのまま

鵜呑みにするのは慎重で

あるべきだ。」

「元特攻隊員が、2000年代

になって体験を語るに

あたって、

自分たちが「狂信者」で

あったとは見られたくない

のである。」

次に角田和男(1918~2013)

海軍少尉(のち中尉)の証言

〇△ ②「自らの回想録

の中で、特攻作戦に対し

強硬に反対する士官たちの

姿を描いている。

彼自身は命令に従った

ものの、決して天皇や

国家のために自発的に

志願したわけではなく、

むしろ特攻の大義を若い

兵士たちに教え込む義務

を感じていたと述べている

・・・・・。

次に、澤山精一郎氏の証言 

●③「戦争末期に望まず

して特攻隊員となったこと

を証言している

〔澤山精一郎氏は1950年

生まれなのでおそらくその

父精次郎のことを指して

いると思われる〕。」

この後、ケスレー氏は

次のように述べている。

 

「しかしながら大多数の

特攻隊員は、やはり志願者

と見なすことができる。

武士道と明治の

「軍人勅諭」

に基づいた教育によって

培われた極端な愛国主義は、

特攻隊員となった若者たち

にとって極めて重要な要素

であった。

彼らは、大規模な爆撃で

日本の都市が次々と破壊

される中で、

優勢である敵に対して

少しでも報復をしたいと

強く願っていた。

彼らの多くにとって、

自爆攻撃に参加することは

当然の選択であった。

彼らは、自らをこの国を

救う「エリート」の一員

として考えることに幸せを

感じているか、

あるいは少なくとも名誉に

感じていた。特に、

フィリピンや沖縄での

敗北以前は、

一部のパイロットは特攻に

よって戦局を覆すことが

できると本気で信じていた。

なぜなら、彼らはそう

教えられていたからである」

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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