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空白になるんじゃ

どうも村田です

吉田茂路線と

岸信介路線は

違うわけなのだ。

吉田茂は戦後大賛成、

戦後大好き、戦後の

軽武装経済重視なのだ。

岸路線というのは

もちろん知っての通り、

岸さんというのは

戦前の商工大臣だから、

戦前的なものを

どうにかして復活する、

つまり日本をもう少

し強くするという話

なのだ。

岸さんは日本を強く

するときにアメリカを

使うという戦略を使う

のだ。

果たしてその戦略が

良かったかどうか

分からないのだ。

CIAと組んでいる

という話もよくあるが、

それが実は反目して

いたのだ。

岸・戦前・対

吉田・戦後みたいな

話だったのだ。

けれど、1959年、何と

この池田勇人が岸に

近づくのだ。

近づくと何が起こるか

というと、岸信介が

もちろん今の清和会を

つくるのだ。

今はなくなっている

けれど清和会なのだ。

つまり安倍晋三だが、

清和会をつくるのだ。

佐藤栄作は岸信介の

本当の弟だから、

もちろん岸信介と仲が

いいわけだが、

これはもちろん田中派

をつくるのだ。経世会

なのだ。

そして池田勇人たちの

宏池会、岸田文雄で

宏池会をつくるのだ。

宏池会、経世会、清和会

が、何とこの時に

安保改定で結束するのだ。

結束して、河野一郎、

彼は河野太郎のお父さん

の洋平のお父さんなのだ。

河野一郎が自民党を

攪乱(かくらん)して、

もう1回分裂工作するのだ。

そこに離反してこの

宏池会、経世会、清和会

が一気に手を組んだのだ。

手を組んだその時に何を

言ったかというと、

対米協調による自立、

つまり親米保守路線を

決めるのだ。

ここにおいてこの国の

路線が決まったと私は

思っているのだ。

それを象徴するかの

ように面白いことが

起こっていて、

戦後日本における

自民党の基本方針が

定まったのは、

1960年の

「保守主義の政治哲学要綱」

というものを読めば

よく分かるのだ。

つまり、59年の直後

でここで何を言われて

いるかというと、これは

面白いのだ。

1番、中庸の精神、

つまり右翼でもなく

左翼でもなく、これはいい

のだ。その通りなのだ。

2番目、新国民主義、

人類愛に開かれた

ナショナリズム。

つまり

「戦前のように閉じた

ものではなくて、もう

ちょっと国際主義で

やりましょう」

みたいな感じなのだ。

これもいいのだ

3番目、民主主義の擁護

と政治の限界、

これまではいいと思うのだ。

つまり、人間人格を尊重

した政治と反全体主義の

姿勢、つまり

「政治っていうのは、

できることは物質的で

かつ制度的な問題だから、

人の心にまで手を

入れちゃいけませんね」

というのがこの政治の

限界という話なのだ。

これも分かるのだ。

4番目、新しい資本主義

と福祉国家への道、

「おまえ岸田文雄か」

みたいな感じだが、

これは結局何を言って

いるかいうと、税制を

整備し、

財政政策による富の

不均衡是正と完全雇用

なのだ。

言っていることは

正しいのだ。

これは全部正しいの

だけれど、その中で

彼らは

「進歩と矛盾しない

保守主義を模索する」

と言っているのだが、

回避された論点が

2つあるのだ。

ここで語られていない

ものは、もう分かると

思うが

安全保障の問題が

1つも語られていない

のだ。

つまり

「力って一体何、

軍事って一体何」

ということが一切

語られていないのだ。

つまり自衛隊と

安保問題の解釈と、

もう1つ、

天皇の問題、伝統の問題、

日本人の生き方の問題、

これに一切触っていない

のだ。

つまり伝統問題の

解釈なのだ。

つまり何が言いたいか

というと、戦前における

昭和17年の近代の超克は

むしろここだったわけ

なのだ。

安保とは言わないけど、

戦争問題で戦争問題に

端を発した私たちの

アイデンティティ問題を、

戦前において一番の

クライマックスで

論じたいわけなのだ。

それが何と戦後に

おいては完全に回避

されるのだ。

ここが空白になるのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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