どうも村田です

農業を外部化した
のだ。
穀物が不足すれば
輸入すればよい
という発想であった
のだ。
現代日本の食糧
自給率は極めて低く、
輸入に依存している
のだ。
橘氏は著書のなかで、
1920年代ころのイギリス
の食糧自給率を示し、
これを大英帝国衰退の
象徴としたのだ。
この状態では戦争時に
国民が餓死する危険が
あると警告し、
日本も同じ道を
歩むのかと問いかけた
のだ。
農業を軽視すれば、
大英帝国と同様の破局を
招くとし、
なぜ日本はイギリスの
真似をして農業を痛め
つけるのかと強く批判
したのだ。
当時のイギリスの食糧
自給率は、橘氏の著書に
よれば約2割であるのだ。
統計によっては3割程度
とする説もあるが、橘氏は
「4分の3から5分の4は外部
からの輸入に依存している」
と記しているのだ。
産業革命で産業が発展
した一方で、食糧自給
を犠牲にした結果、
緊急時にはあっという
間に滅びる可能性がある
と指摘したのだ。
これをギリシャやローマ
の歴史と重ね、大英帝国
も同様の運命を辿るのでは
ないかと警鐘を鳴らして
いるのだ。
日本では、1877~1886年
ごろに自由民権運動が
盛んとなったのだ。
農民が苦しめられる
ような状況のなかで
反体制運動と農民運動が
結びつくこともあったのだ。
自由民権運動の全盛期
のポイントとしては、
江戸幕府や藩の時代
よりも
農民の税金がさらに
上がっていたのだ。
地域によって異なるが、
多くの地域では地租の
計算により江戸時代より
税金が上がっているのだ。
現代風にいえば、所得税
が40%程度かかっている
ようなものなのだ。
農民は働いても働いても
多くを取られ、やっていけ
ない状況であったのだ。
明治政府は近代化のため
に軍事費など膨大な予算
を必要とし、
江戸幕府が倒れて
天皇中心の体制になった
にもかかわらず、
農民の暮らしはむしろ
悪化し税金は増えたのだ。
この不満が自由民権運動
の拡大につながったのだ。
農民から多くの富を搾取し、
それを国の発展の基盤
とする流れは、大英帝国と
基本的に同じなのだ。
日本は憲法をプロイセン
(ドイツ)から、
民法をフランスから
模倣したが、
国家発展のモデルとして
もっとも影響を受けたのは
イギリスであるのだ。
アメリカも模倣したが、
(日本に天皇家があるように)
王室があって産業的に強国
となっているイギリスが、
経済発展のモデルとして
適していた
(橘氏によれば、イギリス
の当時の食糧自給率は約2割)。
日本は不足する米を
東南アジアから輸入すれば
よく、朝鮮や満洲でも穀物
を生産し、
朝鮮の米は日本人が食べ、
朝鮮人は満洲の雑穀で
食べるという構造をつくり
上げたのだ。
農業をできるだけ外地へ
押し出し、日本の農民は
困窮しても構わないとされ、
その分の富を中央の都市
や軍事力の建設に回す
方針であったのだ。
農民は富を搾取され、
生活が成り立たなく
なれば都会に出て
賃金労働者になればいい
のだと考えられていたのだ。
日本は工業化を追求する
あまり、イカロスの翼の
ように自滅する危険がある
と感じられるのだ。
現代人は、橘氏以上に
その危機を心配すべきで
あると思うのだ。
輸入に依存していて
危機感が薄いのだ。
どこかに危機感をもって
いないといけないのだ。
当時も現代と同様に
危機感をもたない者が多く、
橘氏は自身の実体験を
もとにそれを語っている
のだ。
朗読
この間、車中で純朴その物
な村の年寄りの一団と乗り
合せました。
耳傾けるともなくそれらの
人々の語り合っている話に
耳傾けて、私は
皇国日本のための心中、
泣きに泣かざるを得なかった
ことがありました。
その老人達が何を語り
合っているかと申すと
こんな話をしていたのです。
「どうせならついでに
早く日米戦争でもおっぱじ
まればいいのに。」
「ほんとうにそうだ。
そうすりゃあ一景気来る
かも知らんからな、
ところでどうだいこんな
ありさまで勝てると思うかよ。
何しろアメリカは大きいぞ。」
「いやそりゃどうかわからん。
しかし日本の軍隊はなんちゅう
ででも強いからのう。」
「そりゃ世界一にきまっている。
しかし、兵隊は世界一強いに
しても、第一軍資金がつづくまい。」
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

