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正理があったんじゃ

どうも村田です

鏡があるのは

日本だけなのだ。

さらに面白いのは、

鏡は中国から伝来

しているのだ。

卑弥呼は

三角縁神獣鏡

(さんかくぶちしん

じゅうきょう)

という鏡を中国から

もらっているのだ

(諸説あり)。

だから必ずしも

日本発祥ではない

可能性があるのだが、

日本人はこの辺りに

深い意味を見出して、

「鏡にこそ、我々が

持っていた神道の教え

にものすごく近いもの

があるぞ」

と思ったのかもしれ

ないのだ。

鏡は汚れると映らないし、

常にきれいにして

おかないといけない。

しかも自分がどんなに

格好をつけても真実

しか映さないので、

まさに正直さを

表しているのだ。

『神皇正統記』

の中でも述べられて

いるのだ。

「この鏡は一物も

蓄えず、私心を去って

万象を照らせば、

是非善悪の姿が

現れないという

ことはない。

その姿通りに感応

することを徳とする。

これは正直の本源

である」

正直という言葉の

持つ意味だが、

現代のそれとは少し

違うのではないか。

もう少し意味が広い

と思われるのだ。

いまでは単に

「嘘をつかない」

という意味なのだ。

しかし昔の人たちは、

あえて英語でいえば

ジャスティス

(Justice)

というか

善悪を判断し、

自分が裁く立場に

なれば

「俺はこいつが好き

だから贔屓してやろう」

みたいな変な手心を

加えることなく、

公明正大に物事を見て

判断したりする

というニュアンスが

おそらく含まれている

と思うのだ。

三種の神器の根本は

鏡であると

『神皇正統記』

に書かれているのだ。

鏡は天照大神がその

御姿を映されたもの

であるから、

鏡に深い御心を

お留めになったので

あろうということ

なのだ。

実は三島由紀夫の

『文化防衛論』

の中にも鏡が登場するのだ。

なぜだろうと前から

気になっていたのだが、

彼は

『神皇正統記』

を読んでいた可能性が

あるのだ。

三島由紀夫は

昭和45年(1970年)

に東京・市ヶ谷で割腹

自決するが、

昭和43年(1968年)

に『文化防衛論』を

発表するのだ

(雑誌『中央公論』

7月号に掲載され、

初版単行本は翌年の

昭和44年)。

その中で文化概念と

しての天皇を打ち出す

のだ。

三島といえば過激な

右翼主義者だと誤解

されがちなのだが、

明治時代以降の

「政治的な天皇」

に対して否定的なのだ。

大日本帝国憲法に

おける立憲君主制と

しての天皇のあり方、

さらに戦後の天皇の

あり方に対しても

彼は批判的なのだ。

「本来天皇は日本

文化を包括する

存在である」

といっており、

その説明の中で

鏡が出てくるのだ。

「日本における

素戔嗚命

(すさのおのみこと)

は、

おのれの罪によって

放逐された後、

英雄となるのだが、

日本における反逆や

革命の最後の倫理的

根拠が、

まさにその反逆や

革命の対象たる

日の神の中にある

ことを、

文化を教えられる

のであるのだ。

これこそ八咫鏡

(やたのかがみ)

の秘技に秘められた

意義にほかならない

のだ。

文化上のいかなる

反逆も、いかなる

卑俗も、

ついに雅の中に包括

され、そこに文化の

全体性が残りなく現れ、

文化概念としての

天皇が成立する」

『神皇正統記』

は天皇に注目して

書かれているが、

実は臣下

(藤原氏・源氏・

北条氏など)

にも好意的なのだ。

北畠親房自身が

「武家は好きではない」

と言っているが、

平安貴族たちが

「清き心」

を失っていくときに、

源頼朝や北条泰時の

ような人物が出てきて、

新しい時代をつくり出し

平和を実現していく。

そうした日本の歴史の

中に正理があった

という描き方をして

いるのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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