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付け加えておくんじゃ

どうも村田です

目は濁っている

と思うのだ。

ちなみに、

『きけ わだつみのこえ』

の編集の偏りを残念に

思って、

当時の特攻隊員たち

の言葉をそのまま

伝えようとして

編まれた遺稿集を

紹介するのだ。

一つは白鷗遺族会編の

『雲ながるる果てに』、

初版は日本が独立を

回復した昭和27年で

その「発刊の言葉」

の一節を紹介するのだ。

「戦後、戦没学徒の

手記として

「きけわだつみのこえ」

という本が刊行され、

そしてそれが 当時の

日本の若者の気持の

全部であったかのような

感じで迎えられ、

多大の反響を呼んだ

のであります。

確かにああした気持の

者も、

数多い中にはそうとう

おったことと思います。

しかし、それが一つの

時代の風潮におもねるが

ごとき一面からのみの

戦争観、

人生観のみを描き、

そして また思想的に

あるいは政治的に

利用されたかの風聞を

きくにおよんでは、

「必死」の境地に

肉親を失われた遺家族

の方々にとっては、

同題名の映画の場合と

同様に、あまりにも

悲惨なそれのみを真実

とするには、

あまりにも呪われた

気持の中に放り出された

のではないかと思います。

もちろん私達は現実を

直視し、事実に眼を

みひらくのにやぶさか

ではありません。

それだけに、ほんとうに

紙一重の生活の中から

生還した者達として、

当時の散華していかれた

方々の気持はもっと淡々

とした、

もっと清純なもので

あったことを信じて、

これを世に訴えるべき

だと思ったのであります」

もうひとつは、

陸軍特攻隊最後の基地

であった万世飛行場跡

に記念館を建設する

ことに献身した

苗村七郎著の

『よろづよに』

なのだ。

刊行は昭和49年で

「まえがき」の一節を

紹介するのだ。

「本書に収録した

万世関係の遺書には、

本当に純粋な感情が

そのまま書き綴られており、

原稿整理に携わって

くれた若者たちが、

理解に苦しみながらも

涙を浮かべて感動する

という状態でした。

戦後三十年近く経過

した現在、第三者的観点

から、いろいろな角度で

「特攻隊」というものを

論じていますが、征かれた

当人にとっては、

当時としては至極当然な、

純粋卒直な気持であった

のです。

こういう精神は長い歴史

の経過のあとでなければ、

いま単なる推測をしただけ

では 理解されないのかも

しれません

また、出版にあたって

一部の進歩的識者から、

“戦争に征った者は、

戦争に対する罪悪感が薄い、

また 敗戦によりすべてが

変ってしまっている。

いま税金を納めている人

にとって、過去の跡始末

にまで負担をかけられる

のは困る。

そうしたことは

宗教の分野である”

との意見を聞かされました。

だが私たちには親や兄弟、

そして子、孫がある。

生物すべて生成の過程に

おいてその縁の限り、

親は子を思い、妻が夫を思い、

子が親を、弟が兄を思う。

現代の若者たちには理解

しにくいが、

戦争当時のギリギリ

いっぱいの環境のなかで、

精いっぱいの生き方をして

尽忠の使命に殉じた

御霊を祀って供養する

ことは、残された者に

とって当然の行為であり、

誰にも 反対はできない

ことです。

これは税金の負担とか

どうとかいう、

政治や議論以前の問題で、

人として当然の真心の

問題なのです。」

この文からも、

占領政策によって

形成された

「閉ざされた言語空間」

がとのようなもので

あったかが分かるのだ。

最後にもう一つ、

17人の戦没学徒の

生き様を丁寧に取材した

『靖国のこえに

耳を澄ませて』

も付け加えておきたい

と思うのだ

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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