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挙げられとんじゃ

どうも村田です

すなわち

「テロリストの著作」

として忌避された結果、

本書がリスト入り

したと推察されるのだ。

橘氏は、極端な愛国主義

やナショナリズムの立場

に立ち、

とくに農業、米、

日本民族の結びつきを

重視した人物であるのだ。

朗読部分ではその点は

あまり強調されていない

が、

当時の橘氏も必ずしも

前面に出していた

わけではないのだ。

それでも彼の思想の

根底には、米と農民、

そして天皇との強い

結びつきが存在し、

その後は戦後に至るまで

天皇を強調し続ける

こととなったのだ。

橘氏は1974年まで生存し、

80代まで生きた人物で

あるのだ。

戦後は、天皇を中心と

する日本の長い歴史と、

その文明形態が世界の

いかなる文明よりも

優れていることを著述と

して残そうとしたのだ。

代表的なものに

『天皇論』

五部作があり、

『神武天皇論』、

『天智天皇論』、

『明治天皇論』、

『皇道文明優越論概説』、

『皇道哲学概論』

の5冊で構成されるのだ。

各冊はいずれも

約1000ページの大著であり、

本来は全天皇について

論じる構想を抱いていたが、

この五部作を遺して

没したのだ。

戦後の橘氏は、天皇中心の

日本こそ守るべき最高の

価値であるといっそう

強調するようになったのだ。

しかし、戦前・戦中に

おいては、天皇よりも

まず農民と米の国である

日本という基本を重視し、

それを忘れた日本の進路

に対する怒りを示したのだ。

その主張は結果として

天皇への尊崇にも結び

つくが、核心は

天皇一辺倒ではなく、

米・農民・農村・家族の

価値を訴えるものであり、

こうした思想が本の

内容となったのだ。

橘氏は満洲へ逃れた

あと、海軍や関東軍の

庇護を受けて

そのまま潜行を続ける

ことはできず、

五・一五事件への連座

により直ちに逮捕された

のだ。

橘氏は裁判にかけられ、

終身禁固刑を言い渡された

のだ。

獄中生活は数年に及び、

その間に妻を亡くすなど

深い悲しみを味わったが、

昭和15(1940)年

(皇紀2600年)の恩赦

により出獄したのだ。

とはいっても彼は、

戦時中に日本の

ナショナリスティックな

組織に参加して

中心人物となることはなく、

水戸に帰郷したのだ。

著書

『大東亜戦の本質』

において、

農業中心・土に還る思想が、

産業文明・金融資本主義

中心の西洋文明を打破

するために、

大東亜戦争をおこなって

いることが本質であると

論じたのだ。

戦争に正義があると

すればその一点にあり、

ほかの理由であれば

無意味であるとして、

その主張は

「日本愛国革新本義」

の内容と重なるもの

であったのだ。

『大東亜戦の本質』

は1943年に水戸で出版され、

部数も少なかったと

思われるのだ。

もしGHQが没収を狙った

とすれば、この本の方が

より強烈であった可能性

があるが、

実際にはほとんど

知られておらず、

日本国内でもあまり

読まれていなかった

と考えられるのだ。

日本の農業や農村が

いかに傷ついているかは、

橘氏の著書

『農業本質論』や

『農村學』

に詳述されているのだ。

テーマ本

「日本愛国革新本義」は、

それらの著作の

ダイジェストと

いうよりもエッセンス

を入れ込みながら

まとめられたものである

のだ。

そうした多くの著作

があるなかで、なぜ

とくにこの本が選ばれ、

GHQによって焚書と

され、とくに消される

べき真実とは何だった

のであろうか。

やはり過激な愛国主義

を掲げ、暴力革命的な

テロリズムも肯定して

行動した

過激な右翼的思想の

エッセンスが示されて

いるためであるのだ。

しかも、そのような

思想は五・一五事件を

起こした在野の勢力に

属し、

当時の日本でも

この本は一度

(1932年の出版後に)

禁書とされていたのだ。

この本は、大日本帝国

時代に禁書とされたことと、

戦後GHQによって没収

リストに入れられた

こととでは意味合いが

異なるものの、言い方を

変えれば二度にわたって

焚書されていることになる

のだ。

二度焚書されたと

いうのは非常に稀な

例であるのだ。

GHQからすれば、極端な

愛国主義が日本に

超国家主義を生み出し、

熱狂的な玉砕や体当たり

攻撃といった通常の

戦争を超えた

過激なナショナリズムの

原因となる思想書として

警戒されたのだ。

つまり、本書は産業文明

の殲滅を主張する極端な

思想を

愛国主義と結びつけて

焚きつけているものであり、

ヒトラーのナチズムや

ムッソリーニの

ファシズムの著作に匹敵

する、

日本における典型的な

過激思想書として

やり玉に挙げられて

いるのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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