どうも村田です

確か600年
さかのぼらないと
天皇本家に
たどり着かないの
だけれども、男系
では600年
さかのぼらないと
いけないのですが、
女系だったらすぐ
近くの天皇に
いくつもたどり着く
ということで、これは
先人たちの知恵なのです。
遠いけれども
遠くないのです。
ですから、宮家を
きちんと存続させて
おいて、
悠仁親王殿下の
お子さまとかに
嫁いだり嫁いで来たり
とかしながら
血縁関係の近さを保ち
つつ、100年も200年も
300年も400年も、
その宮家を保っていく
先に、もしかしたら
その宮家から
天皇を立てなくては
いけないという事態が
くるかもしれない、
そのための宮家なのです。
ですから、今は宮家が
なくなってしまうと、
無保険みたいな感じに
なってしまいます。
ちなみに
「閑院宮家を立てましょう」
という提案をしたのは、
江戸時代の六代将軍の
徳川家宣を補佐した
新井白石でしたよね。
今、新井白石みたいな
人が必要ですね
結局、あの時は宮家が
3つあったのです。
三親王家があって、
「やはり安定的な
皇位継承を考えた時に、
3家というのはちょっと
心もとない」というのが
新井白石の考えだった
わけです。
「3は心もとない。
4だったら安心できる」
という、
その根拠はよく分かり
ませんが、3を4にして、
その一番新しい閑院宮家
から天皇が立ったわけです。
その後、昭和天皇の
弟宮がお三方
いらっしゃったわけ
ですよね。
終戦の時に昭和天皇の
弟宮だけ皇族に残し、
あとは竹田宮とかが廃止
されたわけですけれども、
「さすがに昭和天皇の
弟がお三方いらっしゃっ
たら、何とかなるんじゃ
ないかな」と、
多くの人は思ったと思うの
ですが、今はこうなって
しまったのです。
やはり
「3というのは少し心もと
ない。4だと安心できる」
というのは、
先人たちの知恵から
学べるところがある
のではないかと思うの
です。
そうすると、今は
宮家がゼロになるわけ
ですから、
これは3どころかゼロ
なので、1もしくは2、
できれば
3、何なら4、何年で
四宮家を確保できるか
ということなのです。
今回、旧宮家から
わさわさと3人も4人も
養子に来るのであれば、
いきなり四家つくれる
かもしれませんけれども、
これはなかなか難しいと
思うのです。
そうすると、例えば
そこで子どもが3人
生まれて、
「じゃあ、弟がもう
1個宮家を立てる」
というふうに、
2世代、3世代かけて、
四宮家、五宮家を死守
していける体制が
できていけるかどうか
ということなのです
ですから、時間をかけて
ゆっくりと宮家が衰退
していってしまったのを、
今は50年、100年かけて、
また盤石な体制を
つくっていく、
育てていくという
ところの入り口に
立っているという
ところですね。
これは本当に100年の
体系の問題ですね。
先人たちが必死になって
守り、育み、つないで
きてくださったことなので、
これを私たちの世代で
断絶させてしまうわけには
いかないですから、
それを今、国会で議論
をされているわけです。
ただ、余計なプランが
ついてきてしまっている
ので、やはり
皇位継承になれる皇族を
確保するという1点で
やってほしかったのです。
自民党が弱かった時に
この抱き合わせプランが
作られたということも
あるのですけれども、
かつて岸田さんの時、
いよいよ石破さんの時に
固まっていますから、
自民党が少しダメな時に
押し切られてしまうかも
みたいなことなのです。
ですから、キラキラのを
用意しておいて、
「2個だったら
いけるんじゃない?」
みたいな、
そういうことを画策した
人がいたということです。
それに今、苦しめられて
いるということです。
どうでしょう。この間の
選挙を受けて、一応
衆議院で自民党は圧勝で、
数の上では圧倒しています
けれども、正直強いという
イメージが伴っていない
気がします。
衆議院は強いのです
けれども、参議院は
少数与党なので野党
なのです。
参議院副議長などが
幅を利かせているわけ
です。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

