どうも村田です

地球上に君臨する
に至らせたのだと
述べています。
そして、彼はこう
続けます。
「近代国家にせよ、
中世の教会組織にせよ、
古代の都市にせよ、
太古の部族にせよ、
人間の大規模な
協力体制は何であれ、
人々の集合的想像の
中にのみ存在する共通
の神話に根差している。」
「人々が創作して
語り合う物語の外に
存在しているものは
一つとしてない。」
「人類の共通の想像の
中以外には、国民も、
お金も、人権も、法律も、
正義も存在しない。」
「現代の制度が神話と
全く同じ基盤に依って
機能していることを、
私たちは十分理解
できていない。」
「想像上の現実は嘘
とは違い、誰もがその
存在を信じているもので、
その共有信念が存続
するかぎり、想像上の
現実は社会の中で力を
振るい続ける。」
「億万長者の大半は、
お金や会社の存在を
信じている。
人権擁護運動家の
大多数が、人権の存在
を本当に信じている。」
つまり、彼がいう
「神話」には、
諸宗教の神話は勿論、
法律、人権、国民、
人種、男女、貨幣など、
人間集団を規律している
ありとあらゆる
「観念」が含まれていて、
その存在をみんなが
信じているから、
社会は機能している
というのです。
そして、こうも言って
います。
「効力を持つような物語
を語るのは楽ではない。
難しいのは、
物語を語ること自体
ではなく、あらゆる
人を納得させ、
誰からも信じてもらう
ことだ。歴史の大半は、
どうやって
厖大な数の人を納得させ、
神、あるいは国民、
あるいは会社にまつわる
特定の物語を彼らに
信じてもらうかという
問題を軸に展開してきた。
とはいえ、この試みが
成功すると、サピエンス
は途方もない力を得る。
なぜなら、そのおかげで
無数の見知らぬ人どうし
が力を合わせ、
共通の目的のために精を
出すことが可能になる
からだ。」
ここまでくれば、
日本神話の価値が改めて
見えてくるのではない
でしょうか。
日本では、「建国神話」
を核とした皇室の物語が、
「日本」という
国家組織を政治的・
文化的に始める核となり、
その後も核となり続けて
きました。
これほど効力を持った
物語は他にありません。
そして、
今後もこれに代わって
国民をまとめられる物語
が生れる可能性もありません。
私たちは、この物語の
中で、様々な政治体制
を経験して来ました。
天皇親政、摂関政治、
院政、幕藩体制、そして
立憲君主制。
この物語の中には様々な
政治・経済・社会の運用
のノウハウが蓄積されて
います。
これ以上に、私たち
日本国民が共通に信じられ、
慣れ親しんだ鞏固な神話が
あるでしょうか。
アメリカの共和制ですか?
フランスの共和制?ロシア?
中国? 北朝鮮の独裁制
でしょうか?
他に選択の余地など
ありません。日本は
神話由来の、
変わらない民族の
祭り主を中心として、
政治の担い手を変えながら、
その時々の状況に
対応してきました。
天皇の祈りを中心に、
天皇を補佐してその祈り
を実現させる担い手を
変えて、営々と国を運用
してきました。
その結果生れたのが、
国民全体を一つの家族
と考える総合家族制の
国家観でした。
その価値に気づき、
思い出していただければ
幸いです。
また、ここで言及した
古典的書物や人物について、
興味を持ち、
学びはじめていただけ
たら嬉しいです。
この本の中では、
神道に関わるさまざま
な儀礼などが紹介されて
いましたけれども、
それについても考え
始めていただければと
思います。
例えば、私たちは初日の出
を拝みますが、あれは
なぜでしょうか。
昔の日本人は、初日の出
だけではなくて、朝日が
昇るときに拝んでいたり
しました。
それは天照大神の
天岩戸の神話に由来して
いるものであります。
こういう太陽の信仰と
いうのは、実は世界にも
あります。
光が出始める瞬間を
拝むというものです。
日本でも初日の出は拝み
ますが、同じ太陽信仰と
言いながら天井にある太陽
は拝まないですよね。
その光が差す瞬間、
天照大神が岩戸から出て
光が差した瞬間を拝むの
です。
そういう神話が言わず
語らず我々の中に生きて
いるのだとも思います。
ほかにも、神仏習合と
いう形でいろいろな
習慣が集合して、
今の我々に伝わっています。
例えば、生まれたときには
神社に行き、
結婚するときはキリスト教、
死んだら仏教というような、
宗教を組み合わせていく
ことに
何の抵抗も感じない
我々の精神構造も、
神仏習合という歴史が
生み出してきたものかも
しれません。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

