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発展に繋がったんじゃ

どうも村田です

他方で、後半では

「我が国の文化の

発達を助けた点に

おいては、

むしろ顕著な功績を

持つことはいまさら

説明するまでもない。」

といい、

「どのような事情が

あろうと、日本国民が

神道を失ってはならない

ことは言うまでもない。

また仏教も、当時に

おいて日本人の文化を

発展させる上で欠く

ことのできない要素で

あったとすれば、

この両者の調和を

はかるほかはないの

である。神仏習合が、

仏教徒の策略によって

生じたものであったに

せよ、 一部の仏教史家が

主張するように神道側が

仏教に迎合したもので

あったにせよ、あるいは

そのいずれでもなく

自然の流れによって

生じたものであったに

せよ、

その結果として日本

文化史において非常に

意義深いものを残した

ことは、

良い意味において

否定できない事実で

ある。」と述べて

います。

さらに興味深いことに、

彼は神仏習合が天照大神

の神格を高めるのに貢献

した面があったと指摘

しているのです。

「天照大神は日本国民の

祖先神として崇められて

いる。そのため、

天照大神への信仰を中心

とする日本の神道は、

宗教上の一種の民族宗教

である。

そして、この天照大神を

世界的な主宰神としよう

とする考えは、

かなり早い時期から

日本で発展していた。

後期水戸学の思想や

黒住教のような新興宗教は、

その極致に達したものである。

この考え方の正否や

善悪は別の問題であるが、

日本人の間に

このような発想が生まれた

こと自体は、日本文化史上、

極めて重大な現象である。

これは一方では国民精神

の一つの表れであるが、

同時に、

天照大神が本地垂迹説の

中で大日如来の化身と

されたことに、

その暗示を受けたものと

考えるのも、必ずしも

根拠のない推測ではあるまい。

言うまでもなく、大日如来

は真言宗において一切の

仏の王であり、

宇宙の主宰者、根本の教主

であるとされる存在であり、

宇宙そのものを仏格化した

ものと理解されている。

この大日如来と天照大神が

習合したのは、

(おおひるめのみこと)

という御名に由来する

ものであろうが、

両者が習合した結果と

して、天照大神への

信仰の中に

大日如来に対する概念が

影響を及ぼすように

なったのは自然なことで

あり、

それが天照大神の神格の

発展につながったのである。」

この本から学べること

昭和12年4月、

に慣行された

『日本国体新論』

を指して、清原の

「国体論」の集大成

だと申しました。

そして、同年3月に

刊行された

『国体の本義』

とほぼ同内容だとも

いいました。この点に

ついて補足したいと

思います。

『国体論史』の

「餘論」と

『神道と日本文化』

で彼が述べていた

「国体論」

の要点を箇条書きに

すると以下のようです。

1. 日本の国家理想は

「天壌無窮の神勅」

に現れている。

2. その理想の内容は、

以下の4点である。

*日本国は天照大神の

子孫が永遠に統治する

国であること。

*天照大神の子孫が

君臨する限り、国家と

国民は永遠に栄えること。

*天皇の統治は

「しらす」という徳治、

仁政であること。

*日本の目標は

生々発展主義であること。

3.日本は祖先崇拝に

よって結ばれた総合

家族制の国であるため、

忠孝一本という独特の

観念が愛国心の源と

なっている。

4.天皇は皇祖と一体だ

と考えられ、「現人神」

「現御神」と呼ばれる。

ただし、皇室を宗家

(本家)とする総合家族制

であることから、

国民もまた皇祖の子孫、

または皇祖に仕えた

神々の子孫だと考え

られている。

さて、『日本国体新論』

では、国家理想の表現

として、

「天壌無窮の神勅」に

加えて、神武天皇が

橿原に都を定めた時の

詔が強調されています。

書き下し文を読みます。

「我、東(ひがしのかた)

を征(うちしより)茲(ここ)

に六年(むとせ)なり。

頼る(かがふに)皇天

(あまつかみ)の威

(みいきおい)を以ちて、

凶徒(あた)就戮

(ころされぬ。)辺土未だ

清(しずまらず)、余(よ)

妖(よう)尚(なお)

梗(こわしと)雖も、

中洲之地(うちつくに)

に復(また)

風塵(ふうじん)

無し。誠に皇都を恢廓

(かいこう)

し、大壮(だいそう)

に規莫(きぼ)すべし。

而(いま)今し運よ

此の屯(ちゅん)蒙(もう)

に属(あたり)、

民(おおみたから)

心(こころ)朴素・(すなお)

なり。

巣に棲み穴に住み、習俗

(しわざ)

惟(これ)常(つね)なり。

夫れ大人(ひじり)制(のり)

を立てて、義(ことわり)

必ず時に随(したがう)。

苟くも民(おおみたから)

に利(かが)有らば、何ぞ

聖(ひじり)の造(わざ)

を妨げん。

且(ま)当さに山林(はやし)

を披(ひらき)払・(はらい)、

宮室(おおみや)を経営

(つくり)・(いとなみて)

恭(つつし)みて宝(たか)

位(みくら)に臨みて、元々

(おおみたから)を鎮むべし。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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