Share

  • Add this entry to Hatena Bookmark

危ういといっとんじゃ

どうも村田です

敗戦後の

「神道指令」以降、

神道に関する研究や

教育を行えなくなった

国立大学において、

戦前における神道との

関わりは「黒歴史」

でしかなく、

それをあえて検証しよう

とする研究者は現われ

にくく、

特に広島大学において

はそうだったと思います。

さらに、戦後における

神道研究は、國學院大學

と皇學館大学という

二つの私立大学が

中心となったために、

両大学に縁の無かった

清原は注目されなかった

のでしょう。

戦後の彼が鄕土に

籠もって、史料編纂のみ

に従事し、

神道に関する研究成果を

公表しなかったことも

大きかったと思います。

それでは、この

忘れられた存在である

清原を思い出すことの

現在における意義は

なんでしょうか。

それは、大正・昭和

前期に、神道、神話、

国体といったものが

どのように捉えられ、

語られていたのか。

その一般的な姿を

清原を通して知る

ことが出来るという

ことです。

そして、それは、

今日、一般の人々が

漠然と思い込んでいる

姿とはかなり違うのです。

さて、大正8年、

清原は内務省神社局嘱託

となったわけですが、

それは、第一次世界大戦

後に、欧州で次々と

君主制が消滅していき、

その思想的影響が

心配されました。そこで、

「国体」

すなわち、天皇を中心と

した日本の国柄の重要性

を明確にした資料を編纂

することになり、

その役割を彼が担うことに

なったわけです。

その要請に答えて彼が

編纂したのが、この

『国体論史』で、

大正10年1月に内務省

神社局から刊行されました。

『国体論史』

の刊行から16年後、

昭和12年3月に文部省は

『国体の本義』

を刊行しました。

この本は、昭和10年の

天皇機関説事件で否定

されてしまった

天皇機関説

“主権は法人たる国家に

帰属し、天皇は主権の主体

ではなく、

国家機関の一つで、かつ、

統治権を総攬する最高機関

である”とする

憲法学説ですが、

これに代えて、天皇を

主権者として、位置づけ

直すために、

政府の統一見解を示す

目的で作成されました。

これに対して、大正10年

1月刊行の『国体論史』は、

主に

江戸時代から大正時代

までのさまざまな国体論

の要旨をまとめた資料集

です。

なぜそうなったのか。

それは、当時は、

日本全体が

大正デモクラシーと

呼ばれる政治環境の中

にあったからです。

寺内内閣が設置した

「臨時教育会議」が、

「国体」を明確にして、

人心を統一するように

政府に勧告したことが

世間に知れると、

“まず貧富の差に基づく

社会的不満を解決

しなければ意味がない”

とか、

“思想の統一などという

ことは到底不可能”とか、

“そもそも従来の教育が

名実の伴わない似非教育”

だったなどという非難を、

吉野作造、犬養毅、

新渡戸稲造といった

大正デモクラシーの

リーダーたちから浴び

せられることになりました。

このような状況の中では、

国民思想統一のための

「国体論」を政府が打ち

出せるはずもなく、

従来の国体論の要旨を

政府がまとめるので、

その中から、

国民教育に携わる人々が

良いとおもったものを

自由に選択して活用して

下さい、

というのが、

『国体論史』

刊行の趣旨でした。

この『国体論史』の最後で、

清原は「国体論」という

ものについての自らの

考えを赤裸々に述べています。

その部分を読んでみます。

「国民をして之を了解

せしめ、之を信ぜしめんと

欲するにある以上は、

国民が殆ど常識として

有する所の科学的知識に

抵触せざる理論の上に

立たざる可らず、

皇統連綿万世一系を説く

如きは最も良し、然れども

諾冉二神が始めて虚空の内

に世界を作成したるを

如実的に説きて、かかるが

故に人民は素より一木一草

に至るまで其御子孫たる

皇室の私有なりと説くは

如何にや、

之れ我国の神話なり、

神話は其国民の理想、精神

として最も尊重すべし、

只それ尊重すべきのみ、

之を根拠とし我国体の尊厳

を説かんと欲するは危し、

先入主として之等の

「国造り説」

と相容れざる進化学上の

知識を

注入せられ居る国民は或は

之を信ずる事を得ざるが

故なり」

なんと、清原は

「神話」を事実として

国体の尊厳を説くことを

“危うい”と言っている

のです。さらに彼はこうも

言っています。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

Share

  • Add this entry to Hatena Bookmark

Follow Me

Comments