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祖国なんじゃ

どうも村田です

年齢から言うと、

安倍晋三さんの

ばあやと言っていた

のです。

一度だけ名古屋での

講演会で、当時

総理大臣やっていた

から

ビデオレターを

もらってきたわけ

です。

私の紹介としてまず

それを流すわけです。

そうしたら何と

安倍晋三さんが

ビデオで

「今日の講師は私の恋人、

金美齢さんです」と

おっしゃったわけです。

私は講師だけれど、

2列目くらいに座って

いたのです。

みんな一斉に振り向いて

私の顔を見るわけです。

次に私が登場するでしょう。

何と言ったと思いますか。

「安心して言ってるよ。

絶対スキャンダルに

ならないからね」と、

本当ですよ。

安倍昭恵さん一筋

ですからね。

あの人はいろいろな

ことで、あることない

ことでたたかれる

ことがありますよ、

政治家ですからね。

安倍さんは特に

空前のサンドバッグに

された方でしたからね。

だけれど、女性の

スキャンダルなんかは

ゼロでしょう。

そういう人が

「今日の講師は私の恋人

金美齢さんです」

と言ったのは、

後にも先にも多分

それが唯一の彼の

ユーモラスな紹介

だったと思います。

彼は絶対にそういう

スキャンダルは

なかったです。

少しあっても別に

いいのだけれども、

しかし本当に

あの人はいろいろな

ことで、あることない

ことでたたかれたけれど、

異性関係だけは

本当にゼロでした。

あの人は本当に

素晴らしい人でしたよ。

あんな結果になって、

私はまさかそんなこと

になるとは

夢にも思わなかった

けれど、ああいう

ことになりましたけれど、

本当にすてきな人でしたよ。

初めての出会いを

彼は覚えていて、

その後から

いろいろな話を聞いた

のだけれども、とにかく

私は付き合いが長かった

ですからね。

ですから総理大臣に

なってすぐに辞めて

しまってたたかれて、

次に出る時もだいぶ

いろいろためらって

いたけれど、

背中を押した何人かの

うちの1人なのです。

ですからそういう意味

では、日本だけではなく

世界的なロスですよ。

台湾で、日本国内で

全然そういう動き

というか、

建っていないのに

台湾が安倍さんの銅像を、

台湾が先にですね。

私はもう素朴にあぜん

として驚いたのですよ。

なぜ台湾の方がね

去年の台湾の国立の

政治大学というところで、

安倍晋三研究センター

が立ち上がったのです

日本ではそういう形で、

具体的には何も動きが

ありませんけれど

私は昭恵さんが

スピーチをするので

追っかけで行ったの

ですが、

頼清徳総統もきちんと

来ていました。

そういうふうに大切に、

大切にされていますよ。

精神的な遺産というと

少し大げさかも

しれませんけれど、

台湾でそういう形で

実を結んでいるのが

もちろん全部とは

言いません。だけれど

国立大学が研究センター

を作ってしまうのですよ。

そして頼清徳総統も

そのオープニングに

きちんと顔を出して

いました。

私はその場に

いたものですから、

「ハグしてもいいか」

とついでに言って、

頼清徳にハグしました。

つまりうれしかった

のです。久しぶりに

頼清徳さんにも会えたし、

思わず

「ハグしてもいい」

と言ってしまいました。

信頼の頼ですよね。

何かやはり親近感が

あって、江戸時代に

すごく有名な詩人で、

頼山陽という人が

いたではないですか。

「鞭声粛々

(べんせいしゅくしゅく)

夜河を渡る」

なんていう歴史を

題材にした詩を多く

読んだ、

あの頼山陽の頼さんと

同じだな、などと

思ってしまいました。

勝手な親近感です。

先生、改めて金先生が

日本国籍を取得された

のが2009年というふうに

伺ったのですが、

やはり長年保持されて

きた台湾国籍を

日本国籍に変えられた

大きな決断の理由と

いいますか、きっかけ

の出来事は何だったの

ですか。

私は随分長いこと日本

に住んでいるから、

日本人になることには

何らためらいはないの

ですよ。

だけれども、やはり

自分の母国である

台湾を捨てて日本を

選ぶというのは、

つまり日本と台湾と

いうのは私にとって

2つの祖国なのです。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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