どうも村田です

共通語ができる
ということは、
やはりすごいこと
なのだ。
だから植民地統治
というのは、イコール
・悪という概念を
みんな持っている
かもしれないけれど、
植民地統治を
私は全部肯定する
わけではないけれど、
日本の台湾統治の
場合は
プラスとマイナスを
足し合わせてみると、
プラスが残るのだ。
全体として見た場合
そうで、だからフェア
に評価すると、
あの50年は台湾を
近代化させたのだ。
日本が台湾を近代化
させたのだ。
今の台湾があるのは、
間違いなくあの時の
日本統治なのだ。
あの大風呂敷と
呼ばれた後藤新平さん
たちなのだ。
今で言うところの
東京都知事、当時
東京市長だが、
それも務めた人なのだ。
その人が統治した
おかげで台湾の南の方
の高雄というところが
すごく整備されて、
道路が整然とあるわけ
なのだ。
そういう発想の
素晴らしい人間が
私利私欲なしに
台湾を経営した
ということは、台湾の
幸福で幸せだったのだ
それを日本人がきちんと
知らないので評価して
いないのだ。
そういう功績が
知れ渡っていないと
いうことが、
何か単純にもったい
ない気がするのだ
だから、先ほど
言ったように
植民地統治即悪、
イコール・悪
というようなことを
やはり刷り込まれている
わけなのだ。
しかし台湾の場合は
プラスとマイナスを
足し合わせると
プラスが残ったことは
間違いないのだ。
今の高雄は発展していて
本当にすごいのだ。
まだまだやっている
のだ。
ディベロップメントと
言って、高雄を
どんどんと発展していく
ことをやっているのだ。
だからやはり偉い人が
たくさんいたのだ。
それを日本人はもう少し
認識して、誇りに
思わなくてはいけないのだ
戦前の日本の人たちが
やったことだから、そう
言われると少し
こそばゆいといいますか。
「だからいいことしただろう」
みたいな、
だからといって
そういう顔をするのも
何かなみたいな、
心ある方々からすると
その遠慮しいの精神も
あるのではないだろうか。
精神的にどうだろうか
だからといって、台湾の
人がそうおっしゃって
くださるのはありがたいし、
うれしいですけれども、
それをそのままいただいて、
「だからいいことしただろう」
とも少し言いにくいのでは
ないかなと。
それは日本人の長所で
あると同時に短所なのだ
つまり今おっしゃった
ように植民地即悪と
言っている方が落ち着く
のだ。
しかし実は日本人は
いいこともたくさん
やったのだ
と言われると何となく
落ち着かないみたいな、
それはよく言えば
日本人の謙譲の美徳で
悪く言えばあまりにも
自信がないのだ。
それが裏表で
だからよく解釈すれば
謙譲の美徳だと、
植民地統治について
やはり自分たちは
間違ったことをしている
のだという反省、
それはそれでいいと
思うのだ。
しかし、実は先ほど
言ったようにその結果
いいものもたくさん
残ったのだ。
一番よかったのは、
日本が津々浦々まで
学校を作ったという
ことなのだ。
なぜなら昔は試験を
受ける人しか中国の
科挙の試験を受ける
ための選ばれた数人しか
勉強していなかったのだ。
それでは近代化できません。
なぜならば科挙の一番下の
位にやっと1人入るかどうか
だったのだ。
その人は私のおじいさん
が持っている別荘に住んで
いたから、つまり養って
いたわけなのだ。
何もすることないから
アヘンばかり飲んでいた
のだ。
私はその場で見ているので
うちの母親の実家はすごい
お茶屋さんなのですよ。
栽培から始まって輸出
までする、大金持ちな
わけで
ところが嫁にやった娘、
私の母親ですが、嫁に
行った娘ですから居候は
できるけれど、
実家に帰るといくらでも
居候はできるのだ。
しかし給料はもらえない
わけです。男子系だけしか
給料をもらえないのです。
でも居候はいくらでも
養うわけです。ですから
その居候の中で、
先ほど言ったような何も
することないから、
科挙で一番末席に通った
たった1人の台湾人ですよ。
何もすることがないから
アヘンを飲んでいるのです
そういう人が目の前に
いたのです。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

