どうも村田です

私達国民1人1人
がどういったことが
できるのか
一つ目に、なぜ
国防を自衛隊や米軍
に任せていては
いけないのかだが
国防は1人1人が
当事者となって考え、
行動すること以外ない
のだ。
自衛隊というのは
職業としてやっている
わけだから、
当然矢面に立って
命を左右する場面が
出てくるのだ。
それと米軍も
日米安保条約に基づいて、
軍として
自衛隊と同じような
形で来てくれるけれど、
我々は傍観して他人ごと、
人任せにしていると、
国家防衛は決して
成り立たないのだ。
国家の防衛というのは
皆さん1人1人の行動
が全ての結果に総合的
に集約されて繋がるのだ。
国を愛するとか、
こういう困難に
負けないぞという
心一つが全ての
オペレーション、
あるいは
国の最終的な決断に
繋がるのだ。
そして、戦争をする
ことがいいのか、
悪いのかという事は
全ての知恵、皆の
頭脳で考えられる
心理哲学に応じて
構成されるものなのだ。
皆1人1人が全部
すべからく当事者と
考え、
役割としては
違ってくると
いうことなのだ。
有事に備えて、私達が
今できることは何か
だが
おどろおどろしく
脅迫されるように
考える必要は何も
ないと思うのだ。
毎日の新聞および
ニュースを見聞しながら、
自分自身の頭で、
そのリスクは
どのように具体的に
切迫してきているか
と考えて、
その事態が迫ってきた
ときは戦争であり、
災害であるのだ。
自分たちの一番大事
なのは、我々は
国民国家であり、
民主主義国家であり、
我々1人1人が当事者
であるということなのだ。
その視点を持って、
左翼のメディアや政党が
言うように、
罪人の子供ではない、
我々は誇るべき日本民族
だと、
この国は我々の手で
守るということさえ、
しっかりと心の中に
持つのだ。
要するに究極は心
であり、確立をして
おけば打つ手はいくら
でもあり、
知恵も湧いてくる
と思うのだ。
国民が目覚める
ためには今、何が
必要なのかというと
日々の現象として
北朝鮮がミサイルを
撃ってくる、
中国が尖閣列島に
迫ってくる、あるいは
アメリカが様々な演習
をしたというのを、
いろんな形で耳目に
触れると思うがその
内容を政府、
朝日新聞や毎日新聞が
こうだと言っているが、
起きていることに
ついて
ご自身が当事者として、
しっかりと考えること
なのだ。
決しておかしな虚構論、
ありもしない平和論に
惑わされず、
大地に足をつけて、
我々は日本をどうやって
守るのか、
自分たちをどう守る
のかということを
考えていただくのが、
一番大事だと思うのだ。
スイスの民間防衛の件
だが、スイスの国民は
徴兵制にも従っている
けれど、
スイスの国民は徴兵制
に対して異は唱えない
のだろうか
民主主義国家だから、
戦うかという問い合わせ
に対しても
6割の方が戦いますと
いう人と、4割の
戦いませんという人が
いるのだ。
そういうふうに
民主主義国家というのは
多様な人にわかれている
わけなのだ。
だけど
「俺は逃げる、
徴兵制は駄目だ」
と言う人を国から排除
するわけではなく、
今度は政府として
大多数で可決した暁には、
それに従うというのが
民主主義を尊ぶ人たち
なのだ。
それに対して、後々まで
異を唱えてひっくり
返そうと言う人は、
それはどこかの国の
差し金のある人であって、
民主主義国家というのは
正当な手続きが決まったら、
それに従うべきなのだ。
スイスは、そういう点
においては非常に
民主主義の成熟した国
だから、
異を唱える人たちも
同じように決まったら
やるのだ。
大多数の人が中世の
スイスの傭兵というのは
素晴らしいという評価を
していて、
そういう武を尊ぶことや、
レスポンスに対して
しっかりと任務を達成する
とか、
そういうことで来たわけで
そういうものも国民の民度
が高いということなのだ。
自分たちの平和を自分たち
で守るという根底的な
ものの中で異を唱えるもの
があっても、
ちゃんと今まで運営して
きているということなのだ。
また世論が熟して、
そうでない別の選択肢が
出てきて、それを民意
として決定するならば、
それに従うのだろう。
だから、徴兵制を
止めようと思えば
止められるのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる


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