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結論なんじゃ

どうも村田です

では、白鳥庫吉に

ついて一言説明して

おくと、

東京大学文科大学

史学科の第1期生

なのだ。

明治23年卒で

文化大学というのは

今でいえば文学部

なのだ。

卒業と同時に

学習院大学教授、

それから

明治37年に

東京帝国大学文科大学

史学科教授に就任し、

大正14年まで在職した

のだ。

大正3年から9年まで

東宮御用係として

昭和天皇の教育をされて

いるのだ。

日本近代史の草創期を

担った人物で、彼ほど

草創期の史学界を語るに

ふさわしい人物はいない

わけなのだ。

彼が語る史学界の

思想状況に疑いを入れる

疑問の余地はないわけ

なのだ。

要するに白鳥の記述要点

というのは

「本居宣長流の神代史

をその文字通りに信ずる

方法は明治の合理的な

精神と合わずに早くから

捨てられて、

神代史を普通の歴史の

ように解釈し、この現世

の上にできた出来事を

比喩的に

書き綴ったものと考える

比喩説が一世を風靡

(ふうび)していた。

その明治にあっては

高天原は外国で皇族は

外国から来た

征服民族で天照大御神も

人間であると考えるのが

通説で、

神話上の神だと考える

ことは、天照大御神を

架空の存在だと主張

するのと同じで、大不敬

とみなされた」、

つまり、神話を史実と

考える比喩説が

本居宣長流の学説と

取り違えられて、

戦前においては神話が

事実とされていたと

いう誤解を戦後に生じ

させさせたと考える

しかないわけなのだ。

原因の4つ目は、

戦前の学校教育に

おいては、確かに

『古事記』や

『日本書紀』に記されて

いる神話が教えられて

いたわけなのだ。

ただし、それは

神話教育に対する批判が

許されなかったという

ことを意味しないのだ。

鳥居龍蔵などが論文の中で

「実におかしい。

ほとんど役立たない」

というふうに、堂々と

教科書の記述を批判

しているわけなのだ。

神話を教えられた

ということは、その

ストーリーが教えられた

ということは、

生徒がその教育を

うのみにしたということ

も意味していないわけ

なのだ。

これも鳥居の言い方

だけれども、

「今や国民の知識が進歩

して、もはや神話伝説

などをうのみにして、

そのまま信ずるような

ことはなくなっている」

と言っているわけなのだ。

5番目の原因は、

戦後の歴史学界を覆って

きたマルクス主義史学の

影響なのだ。

要するに、マルクス主義

史学の目的というのは、

天皇制打倒にあるわけで

だから、そのイデオロギー

的利益と合致しない史実は

注目するのに値しないわけ

なのだ。

戦前の史学や民間に

おける神話の研究や解釈は、

神話をそのまま信ずる

ようなものではなかった

けれど、

同時に反天皇でも

ないわけでだから、

天皇制打倒を目指す

マルクス主義者、

マルクス主義史学者から

見れば、軽視ないし、

無視しても構わない

というよりも

軽視ないし無視すべき

存在だったということに

なるわけなのだ。

つまり、マルクス主義

歴史史学者にとって、

反天皇、反国家、反体制

でない言論や研究などは、

そもそも自由の名に

値しないということ

だったのだろうと思う

のだ。

さて、国家神道幻想の

まとめを最後に行いたい

と思うのだ。

「現人神(あらひとがみ)

論や八紘一宇論を国民に

植え付ける装置として

国家神道という国教制度

が存在したという幻想が

どのようにして生まれて

きたのか。

参拝や神社信仰は強制されて

いたのか。神社非宗教論とは

神社参拝や神社信仰を強制

するための理論だったのか。

国家神道による宗教弾圧が

本当にあったのか。

海外領土での神社行政の

実態はどうだったのか。

神話は疑うことを

許さない事実とされたのか」、

そのいずれもが根拠の

ない思い込みにすぎない

ことは、

今までの説明で理解して

いただけたと思うのだ。

ただ、国家神道という

言葉を使っている限り、

研究者の視点は

国家と神社の神道に限定

されてしまって、政府と

その他の宗教の関係は

無視されるか

抑圧者と被抑圧者と

抵抗者との関係としか

研究されないのだ。

国家神道という用語に

こびりついた自由な

問題意識に対する

この抑圧性を排除する

ためには、国家神道と

いう言葉は用いるべき

ではないのだ。

正確に言えば前提と

すべきではないと

いうのが結論なのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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