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払われてないんじゃ

どうも村田です

「東大で

できなければ

学問じゃない」

というようなこと

なのだ。

もう1つは歴史学

ばかりに注意を向けて、

戦前における神話学、

考古学、人類学、

民俗学といった

その他の部門の

研究分野の進展に

注意を払って

こなかったということ

なのだ。

それは国家神道の

批判的研究がこれまで

もっぱら宗教学、

歴史学、憲法学の

分野で展開されて

きたことも関連があって、

それ以外の分野に

ついての研究にも

全く注意が払われて

こなかったということ

だろうと思うのだ。

それから、3番目が

明治から大正にかけて

有力学説であった比喩説

に対する勘違いなのだ。

比喩説における神話を

史実と考えるという

言説が、

本居宣長流の神話を

そのまま信ずるという

言説と混同されて

戦後における先入観を

形成していっただろうと

いうふうに思うのだ。

その証拠を先ほど

出てきた白鳥庫吉の

文章から挙げたいと

思うのだ。

白鳥庫吉は東洋学者で、

その彼が昭和3年10月

から11月にかけて

東洋文庫の東洋学講座で

行った講演の草稿が

残っているのだけれど、

それを

「神代史の新研究」

というのだが、

その中に

「明治時代の合理的説明」

という一説があるのだ。

これは非常に大事な

文書だと思うので、

長いけれどもそのまま

読むのだ。

「明治の代になって、

西洋の文物が輸入せられ、

国家の文運は各方面に

おいて

全く面目を一新する

ほどに発展を遂げた

のであるが、

言語の学問は、

ほとんど停滞して何ら

進歩の成績を見ない。

したがって神代史の

研究なども、徳川時代

のありさまで、

別に新しい意見が発表

せられなかった。

本居氏や平田氏のように、

神代史をその文字の

とおりに信ずることは

出来ないので、

やはりこれを合理的に

解釈しようと努めた。

ただ神話学というものが

閑却せられていたために、

その見解は徳川時代の

新井白石などのそれと

大差はなかった。

しかし、新井氏や吉見氏

が高天原を日本の国内の

日立とか大和とかに解釈

したのに反して、

明治の学者の多くは

これを外国に求めた」。

吉見氏というのは

吉見幸和だと思うのだ

「何となれば、それは

オオクニヌシノミコト

を大八島国を統治した

神だと

神典に書いてあるから

である。大八島国、

すなわち日本が

オオクニヌシノミコト

の領土であったとすれば、

これを征服した

天孫は外国にいらせられた

と解するのが合理的で

あるからである。

しかし、そうなれば、

日本の国土土着の人民

は外国から渡って

こられた

皇族に支配されたと

いうことになる。

これほど国民にとって

屈辱的なことはない

けれども、

わが国の学者はそれに

何ら疑いも起こさない

のみか、

これをもっともなこと

と考えたのである。

それがために、

わが国では出雲族とか

大和族とか熊襲

(くまそ)族とかいう

ような異民族がいたこと

になって、

考古学者や土俗学者など

の間にもその説が採用

せられて、

その見方で遺物が解釈

されたのである。神代史

が普通の歴史物語の

ように解釈されて、

この現世の上に出来た

出来事を、譬喩的に

書き綴ったものと考え

られたから、

日本人種も単純なもの

でなく、土着の出雲系の

民族と、

外国から進入してきた

異民族とが存在し、

今日(こんにち)の

日本人は

その混合融和した複雑な

ものと思われるように

なった。

それとともに、神代史

の上に活動している

神々は、無論、普通の

人間と解せられたから、

神典の中で至高の神と

記されてある

天照大御神でさえ、

後世の天皇の如き人間

と見倣されたのである。

それで、

もしもこの神を天ツ神

と見るときは大不敬事

と思惟せられることに

なった。

何となれば、これを

神と見ればそれは思想上

の話になって、

事実虚空のものになるから

と信じられたからである。

この見解は今日(こんにち)

においても大なる勢力を

有している。しかるに

近年になって、

ようやく神話は神話で

あって歴史でないという

事が了解せられて来たので、

我国の神話も他国の神話

と同様に取扱われて研究

せられるようになってきた。

それで追々と新しい意見

が提出せられて、従来の

合理的解釈とされたものが

排斥せられるようになって

きたのは、実に斯界の

一進歩として慶賀すべき

ことである」。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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