Share

  • Add this entry to Hatena Bookmark

と、しとんのじゃ

どうも村田です

日本の神話伝説は

ポリネシアのそれに

似たところがある。

日本民族の故郷は

南太平洋の一角で

あろう」

と言っているのだ。

それから神話学者の

高木敏雄は、

明治32年4月に

「文学界の新現象」

というのを帝国文学に

書いていて、

この高山樗牛

(ちょぎゅう)の論文

について、

「数年前に出た欄には、

必ず世の騒ぎを惹起

すべかりし説の

このたびは一定の非難も

科学界以外より受けざる

を見れば神代史の

自由研究は公許せられし

ものと認めて不可なかる

べし」、

つまり

「高山樗牛(ちょぎゅう)

の論文が世間から何も

非難されなかったことに

よって、

神話研究の自由が公に

認められたんだ」

というふうに、明治32年

に言っているのだ。

それから宗教学者の

姉崎正治だけれど、

明治32年に

「素戔嗚尊

(スサノオノミコト)の

神話伝説」

1、2、3というのを

帝国文学に書いていて、

もうここでは

神話の社会性とか祭儀性

というのを指摘している

のだ。

明治32年末から33年初め

にかけて、この帝国文学

誌上で

スサノオノミコトの神格、

神様としての性格の解釈

をめぐる論争が、

この高木と姉崎との間で

戦わせられているのだ。

明治3年10月に

「神代史に関する考究の自由」

というのが東大の出して

いる史学雑誌の彙報欄に

載ったのだ。

そこではどんなこと

が書かれていたかと

いうと、

「歴史家が神代史に

関して沈黙している間に、

人類学者、国語学者、

比較神話学者の研究が

着々と進んでいる。

高山樗牛(ちょぎゅう)

と姉崎正治の論争に

ついて、その研究が

すこぶる自由なるもの

あるを見て近時、

一般社会の傾向がかつて

ありし、学術研究の自由の

束縛を離脱しているもの

ある思い、

わが国民思想の進歩の

ために大いにこれを

形せんとす。

この近時の傾向をもって

これをかの祭典古俗事件

の当時に資せんに、

その時勢の変化、

また大なるものある覚ゆ」、

つまり祭典古俗事件と

いうのは、久米邦武の

ことを指しているわけ

だから、

「そのことと比べる

と隔世の感がある」

というふうに、明治32年

に言っているわけなのだ。

高木敏雄の研究はその後

さらに進んで、

明治37年10月に

『比較神話学』

というのを刊行したのだ。

これは日本最初の神話学

の概説書でヨーロッパに

おける学説史、

方法論を紹介し、神話を

天然神話、人文神話、

洪水神話、英雄神話、

神魂神話に分けて解説

しているのだ。

だから、

「正統神話に対する批判

はもとより、客観的な

研究は疑問の提示すらも

厳しく禁圧されていた」

とは、とても言える

ようなではないのだ。

ここで久米邦武の唱えた

理論について少し説明

しておきたいと思うのだ。

明治40年正月に

『日本古代史』

というのを早稲田大学

出版部から

久米邦武は出している

のだけれど、そこでは

神話で語られている

ことを比喩と捉えて、

それらを歴史事実として、

日本古代史の中に位置付け

ようとしているのだ。

イザナギノミコトと

イザナミノミコトが

国を生んだという物語を、

全国を鎮定して君主を

定めた話の例えだと

いうふうに解釈している

わけなのだ。

それで神話で語られて

いるすべての物語を、

古代の史実が言い換え

られたものとして

解釈しているのだ。

この比喩論は、その後

古代史研究の主流の

1つを形成していく

ことになるのだ。

この比喩論を高木敏雄

が批判しているわけ

なのだ。

それは明治45年2月の

「古事記について」

という論文なのだけれど、

「古事記はすべて日本

古代史の歴史である。

古代の歴史である。

神様は人間である。

すべてが人間社会の

ことであるとする

学派の祖は、

江戸時代の儒者の

新井白石で、この説は、

西洋では

ギリシャ時代からあった。

紀元前4世紀半ばに

シチリア島に生まれた

エウヘメロスが唱えた

神話解釈で見ると

エウヘメリズムと

呼ばれている。

この学説は、

ヨーロッパではもうつとに、

もう廃れてしまっている」

としているのだ。

大正2年7月の

「伝説の史的評価を論じて

所謂合理的解釈の妄を弁ず」

という論文の中で、

高木は

「何の根拠もない

比喩文節が1人日本に

おいてのみ生命を持って

いるのは、日本の恥辱で

ある」とまで言っている

のだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

Share

  • Add this entry to Hatena Bookmark

Follow Me