どうも村田です

「警察組織の
生き残りのために
ターゲットを宗教に
したんだ」
というのが伊藤先生
の説明で、これは
「そもそも治安維持法
が全く予想してなかった
ことを、当てはめては
いけないところに当て
はめてしまったのだ」
というのが、伊藤先生
の見解なのだ。
それから小島伸之さん
の研究は2大不敬事件
と言われる
第2次大本事件、
昭和10年12月の
ひとのみち教団事件
昭和11年9月を対象と
したものなのだけれど、
「大本教は資本主義や
議会制の否定の主張に
よって、
特高警察の警戒を
呼び起こして、最後は
皇位簒奪(さんだつ)を
目指した革命運動として
検挙された」
というふうに
小島さんは言うのだ。
つまり、反体制的
社会運動の範囲が
宗教団体に拡大した
ものであって、
その宗教団体の教え
とか何とかということ
が国家神道に合うとか
合わないとか、
そういう問題では
なかったということ
なのだ。
要するに暴力革命まで
考えている集団が、
それがどんな主張を
していようが、
その集団に対して
取り締まったものだ
ということなのだ。
それから、
「ひとのみち教団の
場合は、これも警察犯
処罰令の延長線上で
啓蒙合理主義的な
観点から『呪術迷信的』
とみなして
個人の生活を脅かし、
社会の秩序を乱す
存在として取り
締まったんだ」
と言っているわけ
なのだ。
「こういうものを取り締まれ」
という声は、今でも
あるのだ。
あと、小島さんの
面白いところは
「特高警察が守ろうと
したものが変化したんだ」
ということを言っている
わけなのだ。
大正元年に特高警察と
いうのが創設されるのだが、
そこから昭和13年までの
国家総動員法までの
特高警察は何を守ろうと
していたかというと、
反議会制や反私有財産制
を掲げる非合法的社会運動、
それが共産主義運動で
あろうが、ファシズム
運動であろうが、
それから近代西洋的
個人主義、自由主義の
理念とその制度を担保
する議会制・プラス・
私有財産制、
そしてそれを基礎と
する立憲君主制の体制
や国家を守ることが、
そこまで特高警察の目的
だったのだ。
ところが、昭和13年の
国家総動員法の制定に
よって、国家自体が
統制経済を旨とする
全体主義的なものに変質
してしまったため、
逆に今まで守ろうと
していた個人主義とか
自由主義が取り締まりの
対象になってしまったのだ。
その表看板として、
行動の宣布などが新たに
特高警察の最高目標に
入れられたということなのだ。
だから、宗教弾圧と
言われるものと、
いわゆる国家神道とは
無関係だという話を
整理すると、
1番目は、
宗教を取り締まった
のは警察なので、
国家神道論にはそもそも
当てはまらないということ
2つ目は、
新宗教の多くは非科学的
なものとして取り締ま
られたということ
3番目は、
反社会運動として
取り締まられた場合も
あったということ
4番目は、
国家総動員法以降は
国家そのものが全体
主義的なものに変質して
行動の宣布その他の
表看板に使われ、
取り締まられた個人や
団体の中に
宗教者や宗教団体が
含まれていたという
ことなのだ。
つまり、この時も
特高警察が守ろうと
したものが、
昭和13年辺りを境に
大きく変わっているのに、
その変わった後のだけを
言われて、
その前のところを
全然見ていないと
いうことなのだ。
「その前の時から
ずっとそうだった」
というように誤解されて
いるのが宗教団体に対する
弾圧と言われるものだ
ということなのだ。
次に虚構を明らかに
するポイントの5番目
だけれど、
海外での神社制作に
ついても「国家神道」
という言葉で語られる
ことはあるのだけれど、
その実態はどうだった
のかということも検討
しなければいけないわけ
なのだ。
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる

