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見解なんじゃ

どうも村田です

「神社の改革を

しなきゃならない。

神社の勢力が衰えて

いく」というのが、

昭和初期までの

動きなのだ。

ところが、それで

神社の側からも

「もう宗教として

認めようよ」

という議論が出ていた

時に起きたのが

上智大学事件で、

上智大学事件によって

カトリックが

「神社は非宗教的な

存在、あるいは

神社参拝は非宗教的

な行為だ」

と認めることによって、

今度は一挙に神社側

というか、政府側に

有利に働いて、

もう神社参拝を遠慮

なく行える状況に

なっていくのだ。

その結果として、

浄土真宗やそのほかの

キリスト教も、

あるいは他の宗教も

神社参拝を拒否

できない感じになって

いくのだ。

今語られている神社

非宗教というのは、

この最後の段階だけを

取り上げて

「神社非宗教というのは

神社参拝を正当化する

論理だった」

と言われているだけで

あって、

それ以前のさまざまな

変遷が今は無視されて

しまっているということ

なのだ。

だから、

「神社非宗教論とは

何だったのか」といえば、

「神社立場を正当化する

ために考えられた理論

ではなく、

宗教概念の誕生と対を

成して生まれたもので、

宗教概念拡大によって

神社界に有利になる

場合もあれば、宗教界に

有利に働く場合もあった、

誤解の原因は宗教概念

変化とその政治的意義の

変化が見落とされたことだ」

というふうに言えると

思うのだ。

次に虚構を明らかに

するポイントの4番目

なのだけれど、

「国家神道による宗教

弾圧というのは本当に

あったのか」ということ

なのだ。

国家神道による宗教弾圧

と言われているものには

4つくらいあるのだけれど、

1つは明治初期の

天理教などに対する

取り締まりなのだ。

2番目は大正期の

大本教に対する取り締まり、

それから

昭和10年代の神道系の

教団に対する取り締まりと、

その後の反戦反軍的言論

を展開していった仏教や

キリスト教系の教団に

対する取り締まりで、

大体この4つくらい

あるわけなのだ。

まず国家神道による

宗教弾圧という言い方

の問題点なのだけれど、

いずれも弾圧したのは、

神主や学校の先生では

なくて警察なのだ。

その警察というのが

そもそも国家神道論の

中でしっかりと位置

付けられていないし、

警察の思想や組織や

行動を根拠法などは

ほとんど研究されて

いないというのが現実

なのだ。

まず、それについて

言及している論者を

3人くらい挙げますと、

1つは神社界の

理論的指導者であった

葦津珍彦(うずひこ)

さんなのだけれど、

彼は新宗教を弾圧

するのに最も普通に

用いられた規則、

法令というのは

「警察犯処罰令」

というものだった

としているのだ。

これはどういうものか

というと、裁判所の

正式裁判を経ないで、

警察限りで簡単迅速に

処罰できる法律で、

明治初期には小さな

新宗教がこれによって

つぶされていったのだ。

ただ、この警察犯

処罰令というのは、

言ってみると

軽犯罪法みたいな

ものなのだけれど、

思想は啓蒙合理主義、

この近代になってから、

「不合理な信仰みたいな

ものは認められない」

というような思想

だったというふうに

言われているのだ。

だから例えば

「『この神水を飲んだら

病気が治りますよ』

というようなことを

自由にさせていたら、

近代化できない」

というような立場から

の取り締まりだったと

いうことなのだ。

その後、思想警察、

特高警察が宗教の

取り締まりに当たったり

するのだけれど、

それについて研究した

人は主に2人で、昭和史

の大家である伊藤隆先生と、

新潟大学の先生の小島伸之

さんなのだ。

まず伊藤先生による

研究は、本来は

共産党撲滅のために

特高警察というのは

つくられるのだが

共産党が大体昭和7年

くらいで壊滅してしまう

のだ。

壊滅してしまっても、

組織としては存続

しなくてはいけないから、

別の取り締まり対象を

見付けなければいけ

なかったのだ。

だから、

「警察組織の生き残りの

ためにターゲットを宗教

にしたんだ」

というのが伊藤先生

の説明で、これは

「そもそも治安維持法が

全く予想してなかった

ことを、

当てはめてはいけない

ところに当てはめて

しまったのだ」

というのが、伊藤先生の

見解なのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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