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とは言えるんじゃ

どうも村田です

国家神道の

虚構を明らかにする

ポイントの2番目だが、

それは

「神社参拝や神社信仰

は本当に強制されて

いたのか」ということ

なのだ。

結論だけまず言うと、

これを考えるポイントは

法的強制と実質的の強制

ということを分けて考える

必要があるのだ。

いずれも昭和に入ってから

そうなったわけで、明らかに

帝国憲法に反して行われた

ものなのだ。

これについては、後から

説明するのだ。

そして、法的強制の方から

言うと、法的強制という

ような事態になるのは、

もう大東亜戦争に突入する

直前の昭和15年以降なのだ。

それから、事実上の強制

というのは、昭和6年の

満州事変以後に次第にその

圧力が強まっていって、

昭和14年ぐらいになると、

もう事実上参拝拒否は

不可能な状況になっていた

という感じなのだ。

それでは、逆に

「昭和14年まで法的強制は

なかったと、どうして

言えるのか」

ということなのだけれど、

その最大の根拠は

昭和14年1月26日、

第74回帝国議会貴族院で

宗教団体法案が審議されて、

その特別委員会での

やりとりが残っているのだが、

そこで子爵の大河内輝耕

(きこう)の質問に対して、

当時文部大臣だった

荒木貞夫が次のように

答弁しているのだ。

「ただ、神社を参拝しない

というようなことであれば、

これはもう制裁はありませぬ

でございます。

ただ、特に神社を参拝しない

ということであれば、制裁は

ないのであります」、

つまり、

「それを法的に強制

する法はなかった」と、

こういうふうに答弁して

いるわけなのだ。

これはもっともなことで、

そもそも帝国憲法ができた

時に神社参拝の強制などと

いうことは全く想定されて

いなかったのだ。

そのことは帝国憲法を

審議した明治21年6月27日

の枢密院での審議の記録で

明らかなのだ。

この時は、信教の自由を

規定し28条について議論に

なり、

枢密顧問官であった

佐々木高行と鳥尾小弥太、

それに政府委員であった

伊東巳代治(みよじ)、

それから伊藤博文が皇室祭祀

(さいし)についてやりとり

しているのだ。

そこでの議論の前提と

いうのは、国民が

礼拝拒否、皇室祭祀

(さいし)のときに

礼拝しないというのは

文句なく認められていて、

ただ問題だったのは

「大臣、官吏が出席しない

というような場合があったら

どうするんだ」

という議論になったのだ

けれど、結局そのときも

「そもそもそれを強制する

ような規則はありません」

というふうに政府が答えていて、

「ただ、そんな非常識な

人間が政府の中にすぐ

現れるとも思えないので、

そういうことはそういう

事態になったら考えれば

いいんじゃないですか」

というところで議論が

終わってしまっているのだ。

つまり、国民に対しても、

政府に対しても、役人に

対しても、皇室祭祀(さいし)

ですら出席義務がないわけ

だから、ましてや神社祭祀

(さいし)などということが

想定外だったとここからも

言えるわけなのだ。

この考え方を変化させたのが、

昭和14年に行われた

宗教団体法の審議過程だった

わけだけれど、

この宗教団体法というのは、

昭和10年4月8日に公布

されて昭和15年4月1日から

施行されたものなのだけれど、

その16条の中で次のように

書かれているのだ。

「宗教団体または教師の

行う宗教の教義の宣布、

あるいは儀式の執行、

または宗教上の行事が

安寧秩序を妨げ、または

臣民たるの義務に背くとき

は主務大臣はこれを制限し、

もしくは禁止し、教師の

業務を停止し、または

宗教団体の設立の認可を

取り消すことを得」と、

この条文についての政府の

答弁の中で

「神社参拝を拒否する

ような宗教団体は認められず、

憲法28条やこの法律によって

制限される」

というふうになっていた

わけで、ここにおいて

明治憲法制定期の解釈が

大幅に変更されることに

なったわけなのだ。

ここまでの結論だけれど、

帝国憲法は神社参拝を

強制するものではないのだ。

昭和14年まで神社参拝を

強制する法律はないのだ。

ただ、宗教団体法の制定に

よって宗教団体とその教師

に神社参拝が強制される

ようになったということ

なのだ。

しかし、これは一般国民

に関係することでは

なかったけれど、

神社参拝をするかしないか

が、本当に自分にとって

ものすごく大事な人たち

というのは

当然宗教者なわけだから、

その人たちに強制される

ようになったということは

事実上、

あるいはもっと言えば法律上、

「解釈が変更されて、

神社参拝がこのときから

強制されるようになった」

とは言えると思うのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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