Share

  • Add this entry to Hatena Bookmark

リテラシーが必要なんじゃ

どうも村田です

今の言葉でいうと

伝統の創出という

のだけれど、

そういう考え方が

力を持ってくるのだ。

これは過去にでも

よくあるわけで

神道説でも、

今できた神道説を、

実はこの古い

『古事記』の中に

根拠がある、

あるいは新しい古典を

つくってしまって、

「こういう本が昔に

実は秘められていて

こうだったのです」

のような思想の正当化は

よくあることなのだけれど、

この八紘一宇や現人神

(あらひとがみ)について

もそうなのだ。

明治末から生まれてきた

思想なのに、

「いや、それは明治維新

の思想です」

「いやいや、もっと

神武建国の思想です」

「いや、神話以来です」

というふうにどんどん

さかのぼらせていき、

その教育を昭和10年代の

子どもたちは、それが

事実であるかのように

受けるのだ。

その教育を受けた子ども

たちが、それはその時は

プラスの思想としてなのだ。

今度は戦争でコテンパンに

打ちのめされた後に占領軍

がやってくるのだけれど、

占領軍も日本を導いた

のはそういう思想だと

思っているわけなのだ。

だから評価は180度違うの

だけれど、

「おまえたちをひどい目

に遭わせたのはこういう

思想であって、

それは明治維新、あるいは

建国の思想だったのだ。

ひいては神話のせいだ」

みたいな感じで反論を

一切封じつつ占領政策を

やるので、

「やっぱりそうだったのか」

みたいな感じでもっと強く、

この昭和生まれの人たち

には刷り込まれていくのだ。

占領政策の結果として、

その占領軍の言ったことを

受け入れない人は、

学校にも政界にも財界にも

残れないので、その人たちが

ずっと次の世代をその考え方

で教育していけば、

「その時代の人たちが

そう言っているのだから、

それが間違いのはずがない」

ということで、

その時代に対する疑問を

誰も持たないという形で

この幻想はずっと続いて

きたのだ。

それを固定する装置として

神道指令があったり、

東京裁判があったり、

憲法の制定があったり

して、

そういうものを体験しない

時代は教え続けられる

ことによって

「体験している時代の

あの人たちが言っている

ことは間違いないだろう」

と思い込んでしまうのだ。

しかし昭和の年寄りは

大正のことを知らないのだ。

大正生まれの人は明治の

ことを知らないし、明治

生まれのことは江戸時代

を知らないし、

まして古代のことなど

知っているわけがないのに、

なぜか昔の人がそう言って

いるというだけで、

われわれはそれを信じ

込んでしまって疑うこと

すらできないのだ。

それが現人神

(あらひとがみ)幻想、

それから八紘一宇幻想の

元だったということなのだ。

だからわれわれにこれから

必要なことはそれこそ

リテラシーなのだ。

素朴な疑問を持って

「本当にそうなのか」と、

ある時代の人たちがそう

言っていることは間違い

ないけれども、

それは前の時代も

そうだったのかという

感じで、

しっかり実証的に自分たち

の思い込みというのを排除

してやっていくということが

これから必要だと思うのだ。

戦後の現人神

(あらひとがみ)論

の虚構について話した

けれど、

これからは戦後の国家神道

の虚構について話したいと

思うのだ。

国家神道というのは何か

というと、戦後の発想では

その狂信的な現人神

(あらひとがみ)思想

を支えた国教制度という

捉え方なのだ。

その内実については、

国教として非常に保護された

とか、優遇されたとか、

あるいはその信仰が国民に

強制されていた、逆に言うと、

他の宗教がそれによって

弾圧された

といったことが国家神道

の中身になっているのだ。

これからその虚構、

うそ偽りを明らかにして

いこうと思うのだけれど、

虚構を明らかにする

ポイントは6つあるのだ。

その1つ目は

「現人神(あらひとがみ)論

や八紘一宇論を国民に植え

付ける装置としての国家神道」

という国教制度が存在した

という幻、幻想がどのように

して生まれてきたのか、

その過程を説明すると

いうことなのだ。

「国家神道」

という言葉は、戦前には

ほとんど使われることが

なかった言葉で、

使われる場合にしても、

神社が国で管理されている

といった程度の中身だった

のだ。

この国家神道という

言葉を転換して、

「天皇現人神

(あらひとがみ)論を

国民に注入するための

巨大なイデオロギー装置と

しての国家神道が存在

していた」

という見方を提唱したのが、

実は当たり前といえば

当たり前なのだけれど、

現人神(あらひとがみ)論

の生みの親であった

加藤玄智その人なのだ。

それでは、加藤玄智の

国家神道論がどのような

過程を経て形作られて

いったのかということを、

彼の著書1つ1つ年代順に

追うことで説明していく

のだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

Share

  • Add this entry to Hatena Bookmark

Follow Me