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読み取れてないんじゃ

どうも村田です

佐々木は以下の

ように反論している

のだ。

「しかし僕は、戦の

庭に出ることも自分に

与えられた光栄ある

任務であると思っている。

現下の日本に生きる

青年として、この

世界史の創造の機会に

参画できることは光栄の

至りであると思う。

我々は死物狂いで、

与えられた義務としての

経済学を研究して来た。

この道を自ら選んだ

自分の義務であるからだ。

そのうえ体力に恵まれ、

活動能力を人並み以上に

授かった自分としては、

身を国のために捧げ得る

幸福なる義務をも有して

いるのだ。

二つながら、崇高な任務で

あると思う。戦の性格が

反動であるかどうかは知らぬ。

ただ義務や責任は課せられる

べきであり、それを果たす

ことのみが我々の目標なので

ある。

全力を尽したいと思う。

反動であろうとなかろうと、

人として最も美しく崇高な

努力の中に死にたいと思う。

形に捉えられることを僕は

欲しない。後世史に偉いと

呼ばれることも望まない。

名もなき民として自分の義務と

責任に生き、そして死する

のである。」

これを読んでいて、

ケスレー氏の日本語能力に

不安を抱いてしまうのだ。

行間を読むどころか、

文章の意味をそのまま理解

することにも苦労している

のではないか。

そうでないとすれば、

読者を意図的にミスリード

しようとする書き手という

ことになってしまうのだ。

ケスレー氏の読み取り不足に

ついても指摘しておくのだ。

上原良司の遺書の前に、

例によって、次のような

解説をつけて、読者の読み方

を限定しようとするのだ。

「第4章で述べた通り、

基地で書かれた手紙は

検閲の対象であり、

軍上層部によって提示

された公式の模範に

部分的に従うことが求め

られ、

その中に個人的な要素を

織り込むことは許されるが、

特攻隊の行動の正当性を

正面から疑問視することは

許されないのである。

軍国主義体制下では、

非難や反抗は不可能であり、

誰もが、

罰が即座に下されることを

承知していた。たとえば、

日本軍を批判する隠された

文章が発見されたため、

その書き手は厳しい処罰を

受ける可能性があり、家族も

また不名誉を被るおそれが

あった。

これは、若い特攻隊員たちが

最も恐れていたことである。

以下に紹介する上原良司の

事例は、その巧妙な策略に

よって特に有名である。

この特攻員は、仲間たちと

同様の形式で「公式の遺書」

を作成し、

その中に彼自身の政治的思想や、

ほとんど隠される未知の政権

批判を読み取れるようにしたと

される。

彼は、 家族に自身の蔵書を

渡してほしいと遺書の中で

求めるが、これは

一見普通の願いに見えながらも、

実際には羽仁五郎が哲学者

ベネデット・クローチェに

ついて記した書物の中に、

「第二の遺書」を隠すことで、

検閲をすり抜けようとした

のである。」

それでは、そうまでして、

上原が両親に伝えたかった

内容とはなんだろうか。

核心部分を引用するのだ。

「私は明確に云えば、

自由主義に憧れていました。

日本が真に永久に続くため

には自由主義が必要である

と思ったからです。

これは、馬鹿な事に

聞こえるかもしれません。

それは現在、日本が

全体主義的な気分に

包まれているからです。

しかし、真に大きな眼を開き、

人間の本性を考えた時、

自由主義こそ合理的なる

主義だと思います。

戦争において勝敗を見んと

すれば、その国の主義を

見れば、

事前に判明すると思います。

人間の本性に合った自然な

主義を持った国の勝戦は、

火を見るより明らかである

と思います。

日本を昔日の大英帝国の

如くせんとする、私の

理想は空しく敗れました。

この上はただ、日本の自由、

独立のため、喜んで、命を

捧げます。

人間にとっては一国の興亡は、

実に重大な事ではありますが、

宇宙全体から考えた時は、

実に些細な事です。

驕れる者久しからずの

譬え通り、若し、この戦に

米英が勝ったとしても

彼等は必ず敗れる日が

来る事を知るでしょう。

若し敗れないとしても、

幾年後かには、地球の破裂

により、粉となるのだと思う、

痛快です。

加之、現在生きて良い気に

なっている彼等も、必ず

死が来るのです。ただ、

早いか遅いかの差です。」

確かに上原は「自由主義」

の立場から

「現在、日本が全体主義的

な気分に包まれている」

ことを批判しているが、

同時に、米英をも

「驕れる者」

「現在生きて良い気になって

いる彼等」として批判して

いるのだ。

この点をケスレー氏は

読み取れていないのだ。

以下、

「若き女学生たちに

支えられた特攻隊員たち」、

「辞世の句」、

「絶望のユーモア」

と続くがが、省略するのだ。

続きは次回だ

今日はこのくらいにしといたる

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