どうも村田です
ポルトガル、スペイン
だけではなくオランダ、
イギリスがどんどん
出始めてくるのだ
そして南北アメリカ大陸への
進出の夢がヨーロッパ各国を
揺さぶっておるのだ
だから、日本がもし自分の
安全のことを考えるなら
「対外戦争のために武装を
放棄する必要を感じた」
「対外戦争のために武装
する必要を認めない」
という政策に踏み切ることが
できた理由は分からないわけ
なのだ
けれど、どうやら日本の
内部に原因があると普通に
考えられるのだ
内部というゆえんは、
治安の問題なのだ
「内部の治安の方が
大事だから」という、
国内統一なのだ
けれど、国内統一はもう
終わっているのだ
だからきっと家康の考えは
国内をしっかりまとめて
慌てないでゆっくりやろう
ということだったのだ
でも、ここまで徹底的な
武装放棄をするというのは
理解できないのだ
幕府は全国の鉄砲をかき
集めて、お寺の釣り鐘に
してしまうのだ
対外的危機意識が消えたか、
対内治安の不安が高まったか、
どちらかしか考えられない
わけだけれど、
どうやらそのどちらでも
ないように思える、
というのが最初に出した
御朱印船が攻撃されなかった
という船の大砲の話なのだ
つまり、そうして周りは
鄭成功も含めて海上は
荒れているわけだから、
日本が武装放棄して海の
外へ出ていかなくなった
のはその必要がなくなった
からなのだろう
地球上のある種の偶然が
いろいろ重なって
「日本列島を外から見えない
ブラックホールにして
しまったのではないか」と、
思えるわけなのだ
「朱印船がマニラ沖で
諸外国船の戦闘を一時
中止させ、悠然たる
中立船として扱われた」
という先の話に代表的に
表れているのではないかと
思うのだ
東アジアの海域の外国船
といっても当時はまだまだ
数が少なくて、
ポルトガルもオランダも
まだまだ力が弱くて、
具体的に日本列島が西洋の
船から侵略される恐れは
全くないし、
他方、物産と金銀埋蔵量の
優位が日本の安全を保障
していたのではないだろうか
「物産と金銀埋蔵量の優位」
これは大変なものだったのだ
日本の経済がにわかに
シナ大陸の経済を追い越して、
そして、日本の銅や銀が
むしろ大陸の方へ流れていく
のみならず、
日本の貨幣がこの辺りで
たくさん使われるように
なっていくのだ
そういうことはもちろん
言えたし、たくさん
いろんなことが言えるので、
鎖国問題はそういうなぜ
鎖国が可能になったか
ということについて各論
あるわけなのだ
今では追い込まれて苦しく
なって、防衛的ではない
日本の消極意思として
鎖国せざるを得なかったのだ
というふうではなく、むしろ
日本が悠然たる優位の姿勢から
積極的に鎖国を選ぶ方が
条件的に有利だと考えて
やったのではないかという
思想の方が今は強いと思う
のだ
これが「鎖国不在論」
というふうに言われている
わけなのだ
今はそういう考えに
なってきているのだ
だから、国民の歴史で日本は
果たして鎖国が本当に
あったのかと題して書いたら、
一般の読者の人にはショックを
与えたのだが学者たちは
「そんなことは俺たちは
知ってるよ」と言って
バカにしたような論文も
出たのを覚えているのだ
しかし
「単にそれだけだろうか」
というのが、今申しあげて
いることなのだ
鄭成功の死んだ後、その
息子の軍勢は1681年の
海戦で敗れて、
にわかに西太平洋は静かに
なったのだ
この辺りは西太平洋と言い
なぜ静かになったか
もう鄭成功以外に抵抗する
ものがなかったのだ
何に対してか。
世界全体の海における
ヨーロッパの力による
均衡状態が確立したから
と考えられるのだ
その段階でヨーロッパが
全土を支配するということに
決まったのだ
それで、世界全体の海が
ヨーロッパの支配に入る
ことに、鄭成功は唯一
抵抗していたのだ
それが、息子が死んで
からそれもなくなったのだ
すなわち
「世界全体というのは
南北アメリカ、アフリカ、
インド洋からマラッカ海峡
に至る海は
ヨーロッパ人が支配する
ものとする。ただし、
東アジアはその圏外に置く」
という秩序であるのだ
何だろうか。
「東アジアは圏外に置く」、
そこが不思議で根が深いのだ
これは
「無言のうちに日本を正規の
ブラックホールにした偶然の
条件ではないか」。
日本が17世紀に最強だった
オランダ1国からのみ情報を
持ち続けたのは、最初のうちは
それなりに賢明だったのだ
だが、その後オランダの
時代は終わり、18世紀に
なるとイギリスとフランスが
太平洋に進出してきたのだ
1600年代になると、後半は
特に本当にイギリスと
フランスなのだ
オランダはだんだんダメに
なるのだ
それでも幕府は
『オランダ風説書』
のみをひたすら頼りに
したのだ
そこから世界のこの状態と
日本だけが目を半分開き
ながら見えない状態で、
それなりに考えて、
それでも有力な国である
と考えたのだ。
状況が今と同じなのだ
続きは次回だ
今日はこのくらいにしといたる